第110章 魔王の霍乱
信長らが城へ帰り着く頃には、陽は既に西に傾きつつあった。
「お帰りなさいませ、信長様」
薬草採りに出掛けていた朱里は先に戻っていたらしく、帰城した信長を城門で出迎えた。
「戻っていたか、朱里。首尾は如何であった?」
「十分な量とは言い難いですけど、思っていた以上には集められたと思います。さっきまで私も家康と一緒に採ってきた薬草を煎じていたんですけど、信長様がお戻りだと聞いたのでお出迎えに…お疲れになられたのではないですか?」
信長を気遣い、その身に触れようと手を伸ばした朱里だったが……予想外にも伸ばした手はふいっと避けられてしまった。
「…………えっ?」
(ん?あれ?気のせいかな…)
「えっと…あの、信長様…羽織、お預かりしますね…?」
気のせいかと思い、いつものように信長が羽織を脱ぐのを手伝うために再び手を差し伸べるが…またもや、つっ、と一歩下がられて避けられてしまった。
(え?気のせい…じゃない?何これ?)
「あ、あの、信長様?」
「よい、自分でやる。貴様は家康の手伝いに戻れ」
「えっ…でも……」
どこか余所余所しく自分を避けるような素振りを見せる信長の様子が解せず、戸惑いから上手く言葉が出て来ない。
(これって、避けられてる…?何で?私、何かした?)
何か気に障るようなことをしてしまったかと慌てて信長の表情を窺うが、意外にもその表情に不機嫌さは見当たらない。それよりも自信に満ち溢れた信長には珍しく視線が泳いでいて、どことなく戸惑ったような表情を見せていた。
「信長様、あの…大丈夫ですか?どこか具合でも…」
「あ〜、朱里?出迎え、ご苦労さん。あとは俺がやるから、すまないがお前は家康の手伝いに戻ってくれるか?薬が足りないんだ。明日までに少しでも多く欲しい」
信長様の様子が心配になって逆に一歩近付きかけた私を、遮るようにして間に割って入った秀吉さんは早口で言いながらさり気なく私から信長様を隠そうとする。更に言うと、その秀吉さんですら、微妙に私との間に距離があった。
(秀吉さんまで…一体、何?何で急にこんなに余所余所しいの?っ…私は皆に近付いちゃダメなの…?)
あからさまな拒絶ではない、さり気ない距離感に逆に不信感を募らせてしまい、私はどうしたらいいのか分からなくなってその場に立ち尽くしてしまったのだった。
