第110章 魔王の霍乱
朱里達が薬草採りに出掛けている同じ時、信長は病が蔓延する村の一つを訪れていた。
当面の食糧や薬などの物資とともに村の入り口に到着した信長ら織田軍の一行は、すぐさま言い知れぬ違和感を感じたのだった。
「随分と静かだな。これ程にひと気がないとは…」
「皆、家の中にいるのでしょうか?しかし、それにしても外に出ている者が一人も見当たらないというのは…」
その違和感は村の中へ足を踏み入れて行くにつれて次第に強くなっていった。
常日頃なら田畑に出て農作業をしている者の姿が見えたり、子供達が辺りを走り回る元気な声が聞こえたりするものである。
村中に病が広がり床についている者が多数いるとは聞いていたが、村の中に人が一人も見当たらず、不気味なぐらいしんっと静まり返ってる光景というのはさすがに異常に感じた。
一体、この村はどうなってしまったのか…
「秀吉、この村の長の家はどこだ?そちらでまずは話を聞くぞ」
「はっ!御案内致します、御館様」
秀吉の案内で村長の家に向かうと、そこもまた固く戸が閉ざされていて物音一つしなかった。
「おかしいな。御館様の視察の旨は予め文を送って伝えておいたはずだが…村長の出迎えすらないとは、これは些か…」
「不自然だな」
「うおっ!み、光秀っ、お前…いきなり背後に立つな!ったく、いつからそこにいたんだよ…」
病が広がる村々の状況把握のため近隣の村へ偵察任務に出ていた光秀だが、いつの間にか合流していたようだ。相変わらず気配を読ませぬ男である。
「光秀、様子はどうであった?」
「はっ、近隣の村もどこも同じような状況でした。床について起き上がれぬほどの重症者も数多いる様子でしたが、中には比較的軽症の者もおり…症状から病の原因を特定するには至りませんでした」
「そうか。ご苦労であった。引き続き情報を集めよ」
「はっ!ところでこの村の様子は如何なる次第で?よもや村中ことごとく病に侵されたとでも…?」
「分からん。数日前の報告では患者はまだ数人という話だったのだが…」
信長が怪訝そうな表情でついと辺りを見回したその時、目の前の家の戸が唐突に開き、中から中年の男が慌てた様子で転(まろ)び出て来たのだった。
「こ、これは信長様っ…」