第26章 翡翠の誘惑
「行きのときと同じ部屋だね!」
客室に入るなり、ペトラはそう叫んで寝台の一つに飛び乗った。
「グロブナー伯爵が往復の乗船券を用意してくれていたから、同じ部屋なんじゃない?」
マヤは船窓のそばに設置してある小さな椅子とテーブルまですたすたと歩き、腰をかけた。
オルオはしばらく扉付近でどうしようかと考えていたようだが、マヤの向かいの椅子に座る。
「あれ? オルオ、寝ないの?」
ペトラの問いにひとこと。
「さすがに真っ昼間だし、眠くないわ。赤ん坊じゃあるまいし」
「ふぅん。まぁ私だって別に今、眠い訳ではないけどね!」
5分後、顔を見合わせているのはオルオとマヤ。
「……寝ちゃったね」
「爆睡だよな」
鼻ちょうちんでも出しかねない勢いで、ぐーすか眠っているペトラを眺める二人のまなざしは優しい。
「疲れてるんだろうな」
「そうね…。ねぇ、ちょっとお茶を飲みに行かない?」
二人はできるだけ静かに扉を閉めて、セルフカフェへ足を運んだ。
「へ~! こんないい場所があったんか」
オルオが椅子にかけて、きょろきょろとカフェ内を見渡している。
「うん。行きは朝が早かったし、オルオもペトラも寝ちゃったでしょう? だから私、ここに来たのよ」
「あっ、悪かったな…」
自分たちが寝たことでマヤを一人にしてしまったと反省して、後頭部をかくオルオ。
「ううん、違うの。寝てくれていいのよ。私がお茶を飲みたかっただけ。今だってそうよ」
目の前のティーカップを手に取り、ひとくち飲んでマヤは微笑んだ。
「ん…、美味しい」
つられてオルオも口をつける。紅茶の香りを飲みこんだ瞬間に表情がやわらいだ。
「ほんとだ、こんな簡易のカフェコーナーみたいなとこだけど、美味いな」
「うん。行きのときはね、団長と兵長も一緒に飲んだの」