第17章 壁外調査
図書室の月夜からたった一日しか経っていないのに。浮かんでいるのは同じ月なのに。
マヤは今、月に祈ることすらできずに静かに横たわっている。
……ならば、俺が祈ろう。
祈ったことなんかない人生だった。ドブのような地下街に生まれ落ち、クソみたいな暮らしを送ってきた。
優しかった母は死に、俺の命も消えかかっていたところへ現れた不思議な男。
ヤツのおかげで生き長らえ、戦う術を知った。野郎二人の生活も悪くないと思い始めていたのに、ある日突然ヤツは消えた。
その後独りだった俺にも、家族同然の仲間ができたが…。
ニコラス・ロヴォフの依頼で入団した調査兵団で、仲間はあっけなく巨人に食われてしまった。紆余曲折を経て調査兵団にそのまま身を置くことになったが、何度も死に直面してきた。
そのたびに奪われる希望。
振り返らずに前に進むことを余儀なくされる残酷な任務。
家族を、友を、仲間を奪われ、絶望の底に落とされても、祈ったことなどなかった。
そもそも神なんぞ信じていない。
ウォール教の信者など、どう見てもイカレてやがる。
奴らの集会を覗いたことがある。
「……祈りましょう。マリア、ローゼ、シーナ… 三つの女神の健在を。我々の安泰を。……神を信じる無垢な心こそが巨人から我々を守る術であり、唯一巨人を退けられる力なのです」
……は? 祈って人類が安泰でいられるならば、いくらでも祈ってやろうじゃねぇか。
そんなことで巨人は大人しく帰ってはくれないし、仲間の生命(いのち)だって戻りやしない。
俺が今から祈るのは、ウォール教の神なんかではない。
マヤの澄んだ琥珀色の瞳に映っていた夜空に浮かぶ青白い月だ。