第16章 前夜は月夜の図書室で
心を無にして芋を食べ、スープをすすり、肉を口にした。パンを千切ってはもぐもぐと咀嚼し水を飲む。
それら一連の動作をすれば、ざわついた心も少しずつ鎮まっていく。
ごちそうさまでしたと手を合わせるころには、すっかり平常心を取り戻した。
食堂を出て部屋に戻りゆっくりしていたが、ザックとの約束の時間まではまだ先だ。
……ザックの話を聞いてからお風呂に行こうと思ってたけど、先に入っちゃうか。
入浴セットを手に取り部屋を出る。
先ほどと同じくペトラの部屋の前で様子をうかがったが、まだ帰ってきていないらしい。
……今日はもう会えないだろうな。
部屋が隣で仲良くしていても、顔を合わせないことはざらにある。
数日もの間まったく見かけなかったことも過去にはあり、今日など昼食をともにしたのであるからなんの問題もない。
それなのに部屋の前を通るたびに、いるのかどうか気にかかるのは何故だろう。認めたくはないが、やはり壁外調査の前日だからかもしれない。
相変わらずひっそりとした廊下を進み、兵舎から出た。大浴場への小道を行くと、ラドクリフ分隊長と植えたガザニアのオレンジ色がぼんやりと見えてきた。
もう暗くなっているので、夜は閉じる性質であるガザニアは完全にその花びらをつぼんでいる。
閉じた傘のようになっているガザニアに声をかけた。
「ちゃんと毎晩つぼんで、頑張ってるね」
ちょうど吹いた夜風に揺れたガザニアは、まるでありがとうと微笑んだみたいで。
マヤは気持ちも軽やかに通り過ぎた。
大浴場の脱衣所に入ると、そこそこの人数が利用しているらしい。手早く脱ぎ、誰かよく話す人はいるかな? と思いながら入っていくと声をかけられた。
「マヤさん、お疲れ様です」
「お疲れ様、もう出るの?」
班は違うが同じ第一分隊の新兵だ。
「はい! いいお湯でした~」
湯に頬を染め満足そうに笑う。
「……明日、よろしくね」
「はい! 頑張ります!」
後輩の元気な声が大浴場に響いた。