第29章 カモミールの庭で
「私がレイさんと喫茶室に帰ったらね、リックさんとイルザさんは席にいなかったの。あれ?と思ったけど、すぐに見つかったわ。窓から中庭にいる二人が見えたから」
「中庭があるんだ」
「うん、小さな可愛い中庭。カモミールが一面に咲いていて、アイアン製のガーデンベンチがあるの。そのベンチに二人は座っていたわ」
「ベンチで抱き合っていたのね…?」
たくさんの白い花に囲まれて抱き合っていたなんて素敵と目を輝かせているペトラだったが、マヤは即座に否定した。
「だから抱き合ってないってば。リックさんとイルザさんは肩を寄せて、ただ何も言わずに見つめ合っていたの」
「……なんだ」
あまり刺激的とはいえない光景に少々落胆したペトラだったが、
「……抱き合ってはいないけど、二人はとても幸せそうだったわ。私とレイさんがいないあいだに何を話したのか詳しくはわからないけど、きっとリックさんが淹れたカモミールティーを飲みながら、少しずつお互いの正直な気持ちを伝え合ったんだと思う。だから誤解も解けて、中庭でならんで座ってカモミールを眺めていたんだわ。とても満ち足りたおだやかな時間を、一緒に過ごしているように見えたわ」
マヤの説明を聞いているうちに、その落胆は間違いだったと思い直した。
「そっか…、抱き合うだけがすべてじゃないもんね。イルザさんの想いが届いたのなら良かった!」
「そうだぞ、ペトラ。さっきから黙って聞いてりゃ何回言うんだ、抱き合う抱き合うって」
エルドが苦笑いをしている。
「欲求不満なんだろうな!」
オルオがちゃかせば、頬をふくらませて抗議する。
「そんなんじゃないってば! オルオの方こそ欲求不満の塊のくせに!」
「俺のどこが欲求不満なんだよ!」
いつもどおりに言い争いを始めた二人をエルドがなだめる。
「また始まった…、終わり終わり! 仲直りしろ、いいな?」