第29章 カモミールの庭で
「そんな! ひどい…」
ペトラの顔色がみるみるうちに悲しそうに暗くなった。
「メイドさんの目論見どおりにリックさんはカードの言葉を読んで、もうイルザさんと逢ってはいけないと考えて姿を消したの。そしてイルザさんはイルザさんで、リックさんがいなくなったことで自分は捨てられたんだという気持ちになったの…」
リックとイルザのすれ違いが悲しくて、マヤの声も沈む。
「なぁ… そのメイドは、リックさんのことが嫌いだったのか?」
質問をしてきたのはオルオ。
「嫌い… とかではないと思うわ。リックさんは人に嫌われるようなタイプではないし。イルザさんが宿屋に帰ったらそのメイドさんに確かめると言っていたけど、多分イルザさんのことを一番に考える人だから、駆け落ちなんかしたってイルザさんは不幸になるだけと考えたんじゃないかって」
「なるほど」
納得するオルオの横で、エルドが思慮深くつぶやいた。
「使用人が貴族の命令に背いて勝手な行動を取るのは、なかなかできないこと…。それだけイルザさんの幸せを強く願っていたんだろうな」
「そうですね…。でも、結果はイルザさんはその後どんな縁談の話も断って誰とも再婚しなかった。メイドさんはそんなイルザさんに仕えながら、どういう気持ちでいたのかな…」
「そうだな…」
エルドとマヤは暗い顔でうなずき合う。
「おいおい、しけた顔すんなよ!」
グンタが大きな声を出して、テーブルをばんと叩いた。
「イルザさんとリックさんは長年の誤解も解けて、すっかりねんごろなんだろう? めでたしめでたしじゃねぇか。良かったよな!」
「そうだよね!」
真っ先に元気を取り戻したのはペトラ。
「ハッピーエンドで良かったよね! マヤ、どうだった? イルザさんとリックさんは抱き合ってた?」
二人が感動の再会を果たして抱き合うことを期待していたペトラらしい質問だ。
「もう、ペトラったら! 前も言ったけど、あの二人は人前で抱き合ったりしないってば」
「え~! でもさ、レイさんとマヤは出かけたからイルザさんたちはお店に二人きりだった訳じゃない。人前じゃないんだから抱き合ってたかも」
ペトラはやけに抱き合うことにこだわっている。