第29章 カモミールの庭で
ルチアが水とおしぼりを持ってきた。
マヤが、遺族訪問があったから急遽調整日を取って家に帰ってきたことを説明した。
「……そう…。前もマリウスの家に行ったものね…。あのときはすぐに帰ってしまったけど、今日は泊まるつもりなのね?」
「うん」
「久しぶりだから、ゆっくりしたらいいわ」
そこまで言うとルチアは、ちらりとリヴァイをうかがう。
本当は “リヴァイ兵士長も泊まるのか? そもそもどうしてマヤと一緒に我が家にやってきたのか” を早く知りたくてたまらないのであるが、いかんせんジョージが戻ってこない。詳しい話は彼が戻ってきてからと決めたのは自分なのだ。
……何をぐずぐずしているのかしら、ジョージは。
店に呼びに行こうかと腰を浮かしかけたときに、ようやくジョージが姿を現した。
「……店を閉めてきた」
「あなた、座って」
ルチアにうながされて空いていた椅子に腰をかけたジョージは、すぐにリヴァイに謝罪を始めた。
「リヴァイ兵士長、先ほどはとんだ無礼を働いてしまった。申し訳ない、このとおりだ」
深々と頭を下げている。額がテーブルにつきそうだ。
「ウィンディッシュさん、顔を上げてくれ」
リヴァイの声で、恐る恐るゆっくりと頭を上げるジョージ。
「娘を心配する父親の、当然の反応だと。だから…、謝らないでほしい…」
その言葉に、ほっと安堵で強張った顔の筋肉がゆるむジョージ。
「あなた…」
ルチアの何か言いたげなひとことで、ジョージはすぐに次に自分が何をすべきか悟ったらしい。
ルチアに向かって軽くうなずくと、リヴァイをまっすぐに見る。
「申し遅れたが、マヤの父のジョージだ。遠いクロルバまで、よくお越しくださった。……で、一体どのようなご用件で我が家に…? まさかと思うが、マヤが何か懲罰の対象となるようなおこないでもしましたか…?」
ジョージの声は申し訳なさそうに震えている。隣に座るルチアの顔も曇り、心配そうにしている。
「いや…」
リヴァイが答える横で、マヤは内心驚いていた。
……あぁ、そっか…。
いきなり上司である兵長と一緒に帰ってきたりしたら、悪い何かを想像しちゃうものなのね…。
両親に要らぬ心配をかけていると思うと、マヤは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。