第29章 カモミールの庭で
「ウィンディッシュさん、マヤさんは調査兵として大変よく働いている。ご心配には及びません」
「そうですか…! 良かった…」
ジョージとルチアは顔を見合わせて喜んでいる。
「マヤ! 父さんはな、てっきりお前が何かしでかしたのかと思ったぞ?」
機嫌良くマヤに笑いかけていたジョージだったが、ふっと気づく。
何の用で来たのか、まだ不明なことに。
「……兵士長…。ではなぜうちに…?」
「数日前に壁外調査がおこなわれ、犠牲者が出た。彼らはテレーズとメトラッハ村の出身で、遺族に遺品を…」
リヴァイは淡々と事実の説明を始めていたが、何を思ったのか途中でやめてしまった。
……兵長?
マヤは不安に思って、そっと顔を見つめる。見慣れた横顔なのに、何も読み取れない。それがもっと不安にさせる。
「……そんなことは関係ねぇ」
そのつぶやきはきっと、マヤにしか聞こえていない。
「ウィンディッシュさん、今日は挨拶に来た」
「それはわざわざ… どうも?」
リヴァイの言った挨拶の真意がわからずに、ジョージは間の抜けた返ししかできない。
「さっきのウィンディッシュさんの言葉は間違っていねぇ。俺は今でこそ調査兵団の兵士長かもしれねぇが、そんな肩書きはクソの役にも立たねぇ。地下街出身のゴロツキだった俺だから、どこの馬の骨かわからねぇってのはそのとおりだ」
「「はぁ…」」
なぜ突然にリヴァイが出自を語り出したのか、ジョージとルチアはさっぱり見当もつかない。
「こうして店をかまえて家族を大切にして暮らしている人たちからすれば、ろくでもねぇ俺だが…」
リヴァイはそこで言葉を切ると、隣で心配そうに自身を見上げているマヤと視線を絡めた。
………!
その切れ長の瞳の奥には迷いのない光が力強く輝いていて、マヤの胸はトクンと跳ねた。
……兵長、私たちのことを話すつもりだわ。
マヤが気づいたことがリヴァイにも伝わる。
リヴァイは軽くうなずいてから、正面を向いた。
「俺はマヤを大切に想っている」