第29章 カモミールの庭で
マヤはアルテミスからおりると、門のかんぬきを外した。
「どうぞ…、狭いですけど」
その言葉どおりにオリオンが入れば、もう庭はいっぱいになってしまった。マヤが予想していたよりもはるかに狭くなり、アルテミスを入れるのは無理に思えた。
「……アルテミスはここにいようか」
マヤは愛馬に笑いかけた。
「少しのあいだでしたら、このまま門につないでおけますから」
「いや、それなら先に宿を取りに行くから…」
「でも…!」
リヴァイとマヤが言い合っているあいだに、アルテミスはヒンと短く鳴き、とことこと自ら門の中へ。
「あっ、えっ、アルテミス?」
手綱を引っ張られて驚くマヤの方を、涼しい顔をして振り向いた。
狭い庭にオリオンとアルテミスは、ほぼ密着といっていいくらいの距離で立っている。
「オリオン、ごめんね! 駄目よ、アルテミス… 戻って」
狭い庭で密着すれば、オリオンが休憩することができないと思い、マヤはアルテミスの手綱を引く。
ヒヒン!
めずらしくアルテミスがマヤの言うことをきかずに、足を踏ん張っている。
そして驚くことにオリオンもブルブルブル!と鼻を鳴らして、マヤに抗議している。
「一緒にいたいみてぇだな…」
「やっぱりそういうことですか…」
「いいんじゃねぇか、好きにさせよう」
「わかりました」
マヤは手綱から手を離した。
ヒン!
途端にアルテミスは歓喜の声を上げると、さらにオリオンのそばに寄る。
オリオンも自身よりひとまわりも小さい牝馬のアルテミスを、まるで抱えこむかのようにして背後から頭を舐めている。
「兵長…」
「あぁ…」
「舐めてますね…」
「舐めてるな…、どう見ても」
オリオンに後頭部や耳を舐められて、アルテミスは嫌がるどころか目を細めて気持ち良さそうにしている。
「なんか… 目のやり場に困りますね…。というかいつの間にこんな仲良しに?」
「さぁな…。テレーズでもメトラッハ村でも二頭だけにしておいたからな…。そのときじゃねぇか…?」
「そうでしょうね…」
マヤはいちゃいちゃしているオリオンとアルテミスを庭に残して、家の戸口の方へリヴァイを案内した。