第29章 カモミールの庭で
「……ありますけど?」
マヤは何を訊いてくるのだろう? といった顔をしている。
「なら何も心配することはない。俺とオリオンは宿屋に泊まるから」
「えっ? うちに泊まるんじゃないんですか?」
当然リヴァイが実家に泊まると考えていたマヤは驚いてしまった。
「……そんな訳にいかないだろうが」
「………?」
なんの邪気もなく、普通にたとえばペトラが遊びにきて、お泊まりをする感覚と同じでいるマヤにはぴんと来ない。
「まぁいい、とにかく俺は宿を取るから」
「はぁい…」
よくはわからないがリヴァイがそう言うならそれが一番良いのだろうと、マヤは引き下がった。
実家までは、あと少しだ。
「あの角を曲がればお店が見えてきます」
角を曲がると、その通りは五軒ほど店が建ち並んでいた。
「あれです」
マヤが指さした先には、お洒落なロートアイアンの突き出し看板が軒先に掲げられていた。鉄板に透かし彫りの飾り文字で書かれている店名は…。
「……紅茶屋…? 店の名は紅茶屋なのか?」
「そうですけど…?」
「そうか、紅茶屋か…」
「最初から、うちは紅茶屋だと言ってるじゃないですか」
「それはそうだが…。うちは八百屋ですと言ったら、店名が八百屋だとは思わねぇだろ。だからてっきり紅茶屋のなんとかって名前の店かと」
「あぁぁ、そう言われたらそうですね」
マヤはなんだか急におかしくなってきて笑った。
「ふふ、でもうちは紅茶屋の紅茶屋です!」
「ハッ、違いねぇ」
リヴァイとマヤは笑い合った。
「馬たちがいるから裏から入りますね」
マヤは店の入り口を素通りして通りを進み、裏側にまわった。店の裏手には小さな庭と木の門がある。