第29章 カモミールの庭で
空はいつの間にか、高くなった気がする。
リヴァイとマヤは適度な速度で、ならんで馬を走らせている。
特段変わったところもない、ありふれた景色だ。
草原と、森と、山と、空と。
どんなに普通の風景でも、一緒に眺め一緒にそこを駆け抜ける人がいたならば、こんなにも綺麗に特別に思えることを二人は知る。
アルテミスと一体になりながら風を切る。見上げた空は、やはり高い。白いうろこ雲と薄い青色のコントラストも見事だ。
「空が… 高い…」
マヤの声は、いかなるときでもリヴァイは聞き逃さない。
「秋がすぐそこに来ているからじゃねぇか」
自身の独り言にリヴァイが反応してくれた、そんな些細なことでも嬉しくて。
「そうですね…!」
ヒヒーン!
マヤの気持ちが伝わるのか、アルテミスまで嬉しそうな声を上げる。
そんなアルテミスを黙って見つめているオリオンの目は優しい。きっとこの場に馬丁のヘングストがいたら、オリオンの恋心にいち早く気づいていたに違いない。
「煙だ」
リヴァイの低い声に緊張感が走る。
見れば遠くの森から、ひとすじの煙が空高くのぼっている。
「あぁ、あれは猟師小屋の炭焼きの煙じゃないかな。あのあたりには狩猟民の村があるんです」
「狩猟民族か…」
「ええ。あの森の中には確かケンブル村が…。クロルバからトロストにかけて、少数民族の狩猟民の村が多数点在しています」
「……聞いたことがある。実際に狩猟民族の村に行ったことはねぇがな」
「私もないですよ? 時々クロルバ区で狩猟民の人が獲物を売りに来ているのを見かけるけど、子供たちは近づいちゃ駄目と大人に言われるんです」
「獲物を売りに… か」
「ええ。近づくなと言われても、血抜きした鹿を荷馬車に乗せてやってくる狩猟民の人はすごく怖い存在だったから、自分から近づきはしなかったけど」
マヤは幼いころに狩猟民の荷馬車を初めて見たときのショックを思い出して、軽く眉をひそめた。