第29章 カモミールの庭で
女性店主が大笑いするのも無理はない。
壁内の郵便事情から考えれば、メトラッハ村で出した手紙が調査兵団に届くのは、少なくとも一週間はかかるからだ。
壁内は王都ミットラスを中心に、東西南北の四つのエリアに分けられている。そしてその各エリアには一つずつ、城塞都市である突出区が設けられている。ウォール・ローゼを例にとれば、東エリアはカラネス区、西エリアはクロルバ区、南エリアはトロスト区、北エリアはユトピア区だ。
各エリアで独立している機関も多く、たとえば訓練兵団もそれぞれ東方訓練兵団、西方訓練兵団、南方訓練兵団、北方訓練兵団が設置されている、
郵便事業も然り。
王都にある中央郵便局を核として、各東西南北エリアに各郵便局がある。同一エリア内では、郵便馬車を駆使して数日中に配達する。エリアが異なる地域への配達は、一度連絡船で中央郵便局に集められてから目的のエリアの郵便局に分配されるので、早くて一週間、二週間近くかかることも。
だから西エリアの管轄のメトラッハ村にいるザックの母親が三日前に投かんした手紙が、南エリアにある調査兵団兵舎にもう配達されているはずがないのだ。
「奥さんが出した手紙は、そのうちそっちに届くだろうから、そこに書いてあるんじゃない? どこそこに身を寄せていますとかなんとか。ちょっと時間はかかるだろうけど、大丈夫だよきっと」
力強く言いきる女性店主の声を聞いていると、不思議とそういう気持ちになってくる。
「そうですね。グレゴリーさんの奥様のご実家にお伺いすることになるか、またこちらに出直してくるか…、どうなるかはわからないですけど、今日のところは引き上げるしかないですしね。色々とお話していただいて、ありがとうございました」
マヤが深々と頭を下げると、リヴァイも言い添えた。
「世話になったな…、恩に着…」
「あっ!」
女性店主はまたもやリヴァイの言葉を最後まで聞かずに叫んだ。
「あんた、もしかしてリヴァイ兵士長かい!?」
「……そうだが」
「やっぱり!? いや~、ザックも出世してたんだね! 有名なリヴァイ兵士長がじきじきに訪ねてくるなんてさ。いやでもホント、いつぞやの新聞で見たことがあるけど、あのまんまだね!」
「………」