第27章 翔ぶ
「彼女に縁談が舞いこんだという話は、男の未練を断ち切る良い材料になりました。まだ若く美しく、あれだけの良家のご息女であらせられる。早くに夫に先立たれたとはいえ、引く手あまただったに違いありません。それをほんの少し心を通わせたからといって彼女との将来を夢見ることなど…、あってはならないのでございます。貴賤結婚に未来はない、男の覚悟は決まりました。彼女の幸せのためにも潔く身を引き、彼女の身辺から消えることこそが最善だと。そうと決めたからには迷いがあってはいけません。即座に男は店に戻り、いくばくかの蓄えを手にすると、店の権利のすべてを信頼している雇い人のひとりに譲渡して王都を去ったのでございます」
「「………」」
リックの長い長い話が終わっても、しばらくレイもマヤも何も言えなかった。
二人の表情は若干違っている。
マヤが身分違いの恋に破れて王都を去ったリックに対して同情のような、どう表現すればよいかわからない切ない感情で黙っているのに対して、レイの方は何か考えこんでいるような、一筋縄ではいかない浮かぬ表情をしていた。
「お二人の楽しい時間を、このような話で穢してしまい申し訳ございません…」
「いえ…!」
マヤは慌てて叫ぶ。
「それは私が訊いたからで…。私の方こそごめんなさい…」
「ウィンディッシュ様が謝ることはございません。きっと誰かに聞いていただきたくて、それならば紅茶を愛する誰かがいいと…、そんな想いがあふれてしまいました。ありがとうございました。……すっかり紅茶が冷めてしまいましたね。淹れ直してまいりますが、同じものでよろしいでしょうか?」
「そんな冷めちゃいねぇから…」
リックの申し出を断りかけたレイだったが、考えを急に改めた。
「いや、せっかくだから淹れてもらうか。その男… “紅茶バカ” が当時未亡人と飲んだ一番の想い出の紅茶をたのむ」
レイの提案にマヤの顔もパッと輝いた。
「私も…! そうしてください」
リックはレイとマヤの顔をゆっくりと感謝の気持ちで見つめたのちに深く頭を下げた。
「かしこまりました。今しばらくお待ちくださいませ」