第27章 翔ぶ
「紅茶道を究めるがために生き、精進したところ、男の努力が少しずつ認められていくようになりました。王都の外れにひっそりと構えていた小さな店も中心部へ、大きく成長していき、そして貴族のお屋敷に招待されることも頻繁になっていき…」
リックは遠い昔の日々を追憶する人間が見せる哀愁を帯びた独特の目で、しばし天井を見上げる。
「ついにはフリッツ王への献上品に選定され、男は天にも昇る心地でおりました。王家御用達になったことにより、貴族からのお声がけはますます多くなっていきます。男は店舗は雇い人に任せて、貴族のお屋敷の方へ日参するようになりました。そのような日々が幾年もつづいたある日、出逢ってしまったのでございます…」
レイが恐らく無意識のうちに眉を片方だけ高く上げた一瞬を、マヤは偶然にも見てしまった。
……レイさんは、リックさんが誰と出逢ったか知っているんだわ…。
「男はあるひとりの貴族のご婦人に、すっかり心を奪われてしまいました。そして天上の星々がすべて降りそそぐかの奇跡のごとく彼女もまた、男に好意を抱いたのです…」
……両想いなんだわ!
マヤの心が躍る。
幸せな良い話のはずなのに、なぜかリックの瞳は翳りを見せ始めた。
「紅茶を通じて出逢い… 芽生えた恋でしたが、それは決して許されるものではありませんでした」
“どうして?” と声が出そうになり、マヤは口をぱくぱくさせた。
気軽に訊ける雰囲気ではない。
「彼女は未亡人であり、そして何より高位貴族…。男とは身分が違いすぎたのであります」
「えっ、でも紅茶商は高貴な血すじが多いって…」
マヤは思わず声を出してしまった。
レイと行ったトロスト区のレストランの料理長が言っていたのだ。“紅茶商となれば高貴な血すじの方が多い” と。
……だったら、その貴族の未亡人とリックさんとで身分が違いすぎるなんてことはないのでは…?
マヤの素朴な疑問に、優しく答えてくれる。
「確かに高貴な血すじで紅茶をなりわいにしている方もいらっしゃいますが、皆がそうではないのです。男はただ紅茶のことしか頭になく、それだけで上り詰めた… しがない庶民にすぎません」
「……そうですか…」
マヤは力なく、相槌を打つしかなかった。