第27章 翔ぶ
「いいや、もったいねぇなんてことは絶対にねぇ。こんなすげぇ茶師は他には絶対いねぇから」
レイが力強くうなずくと、マヤも心からそうだと思って。
「本当にそうですよね。リックさんが紅茶の歴史を創ったといってもいいくらいですもの。そんなすごいのに、どうして王都を去ることに…」
“あっ” と口元を小さく押さえてマヤは黙ったが、少し遅かった。
リックへの尊敬の気持ちを言葉にした勢いのまま、素直に疑問に思っていること… “なぜリックは王都を去り、ヘルネにいるのか” が表に飛び出てしまったのだ。
「……すみません。なんでもないです」
人には誰だって、知られたくないことの一つや二つはあるに違いない。むやみに詮索することは避けたい。
反省したマヤが顔を赤くしてうつむき、一瞬なんとも言えない気まずい空気が流れた。
その雰囲気を変えようとレイが言葉を発する前に口をひらいたのは、リックその人だった。
「……昔、王都にひとりの紅茶バカがおりました…」
ハッとマヤが顔を上げた。
……紅茶バカ! 兵長と来たときに話していた “紅茶バカ” だわ…!
マヤが何を考えているのかすべて理解しているといった表情で、リックは静かにつづける。その目は優しい。
「その男はとにかく紅茶を愛していて、人生において何より紅茶が一番に優先されるべきもので、紅茶のことしか頭にない根っからの “紅茶バカ”でございました。その男の夢はいつか自らが調合した紅茶をフリッツ王に献上することでございました。そして許されるならば、王の御前で淹れたてまつることができたならば命さえも惜しくはないと…」
リックの語る “あるひとりの紅茶バカ” の紅茶への情熱に、レイもマヤもすっかり心を奪われてしまった。
ただただリックの口から語られる次の真実が聞きたい…、そんな想いで耳を傾けている。