第27章 翔ぶ
「まだあるんだぜ? 名前はわからねぇが…、色が次々と変わるんだ。最初は青かった紅茶が紫に変化したと思ったら、リックが掛け声とともに魔法をかける。すると鮮やかなピンクに早変わりさ。オレがガキのころ、パーティがあって…、そこで初めてリックの魔術で紅茶の色が変わるところを見て驚いたのなんのって。オレもアトラスも、リックは本物の魔術師… いや魔法使いだと思ったもんだ」
レイからも称賛の瞳で見上げられ、リックは謙遜する。
「あれは薄紅葵(うすべにあおい) の花を乾燥させたものを茶葉にした、マロウブルーという名のハーブティーでございます。魔術でもなんでもなく、薄紅葵の花びらに含まれているアントシアニンという名の色素によるもので、淹れたときは青く、時間が経てば紫に変化いたします。そしてレモン汁を垂らせば、化学変化を起こしてピンク色になっただけのことでございます。恐らくウィンディッシュ様はよくご存知なのでは…?」
話を振られてマヤは答えた。
「化学変化とか、アント… シアニン? とかはわからないですけど、マロウブルーは知っています。綺麗な透きとおった青色から澄みきった紫に少しずつ変化して、そしてレモン汁を落としたら目にも鮮やかなピンク色に変化するハーブティーです。その色の移ろいゆくさまがまるで夜明けだから “夜明けのハーブティー” とも呼ばれています」
マヤの言葉のあとをリックが引き継ぐ。
「……ウィンディッシュ様の仰るとおりでございまして、私の魔術でも魔法でもございません」
「ハッ、そうかもしれねぇが、暇を持て余している貴族にとっては最上級のお遊びだったさ。それに三色どころじゃなかったぜ? 色のグラデーションがすごかったからな」
「それは紅茶を淹れる湯の温度や、放置する時間、垂らすレモン果汁の量を調整すれば、色の濃淡のバリエーションは自由にコントロールできますので…」
「ほらな、リックの思うがままに色を変えられるんだろう? やっぱり魔術師だよ」
どこまでも讃えてくれるレイに対して、リックは謙遜をやめて素直に頭を下げた。いつまでも意固地に反論するのは、かえって失礼にあたる。
「ありがとうございます。私にはもったいないお言葉でございます」