第27章 翔ぶ
「ええ、一度見たら忘れられない… そんな絵です」
「才能はあるんだよな、もったいねぇ」
レイはそこまで言ってから、ふと新聞に書かれていたあることを思い出した。
「そういえば… カイン・トゥクルの正体が伯爵家の嫡男だと判明して以来、絵の価値が爆上がりしてるらしいぜ?」
「そうなんですか!」
ミケのいつも読んでいる新聞の大きな見出しの文字が目に入ったこともあり、グロブナー伯爵家の事件について報道されていることは知っていたが、絵の値打ちが上昇した話はマヤには初耳だった。
「あぁ。だからこの絵も結構な値で取引されるんじゃねぇか? だがリックは全くそういうのは興味ねぇだろうがな」
「そうですね」
とマヤが同意するのと、注文品を大きな丸い銀盆に乗せたリックが近づいてくるのは同時だった。
「左様でございます。この絵の金銭的な価値には私は興味がありません」
「だよな」
嬉しそうに見上げてくるレイに優雅な笑みを浮かべて、リックは給仕を始めた。
「お待たせいたしました。季節限定 “夏のニルギリ、葡萄の紅茶” とスコーンでございます」
テーブルにかちゃりと置かれる赤薔薇と白薔薇の優雅なティーカップ。みずみずしく光る大きな紫の葡萄がスライスされて入っている。そこへリックがちょうど蒸らし終えたニルギリをこぽこぽと注げば部屋に広がる甘酸っぱい爽やかな香りは、レイとマヤを夏色に染めていく。
「あぁ、これが夏の香りか」
レイの言葉にマヤの笑顔が弾けた。
次にリックは素早くレイの注文したオリジナルブレンドの入ったティーポットに手をかけた。
「リック…、“魔術” を見せてくれよ?」
「かしこまりました」
レイの要望に頭を下げて、リックは右手に持ったティーポットを高々と自身の目の高さまで掲げた。そして左手に持った稲妻の絵柄のティーカップを目掛けて正確に注ぎ入れる。美しい紅茶色のラインでポットとカップがつながったと思った瞬間には、リックが右手のポットをさっとカップの際の際まで下ろしてピタリと注ぎ終えた。
「うわぁ…!」
リヴァイと来店したときにも見た芸術のような注ぎ方に、マヤは子供のように目を輝かせて拍手をしながら歓声を上げた。