第27章 翔ぶ
ミケは一瞬思案した様子を見せてから言いきった。
「いや、着替えろ。それから…、いやなんでもない、早く行け」
「了解です!」
マヤはアルテミスにそっと数秒手をふれて無言で別れを告げると、兵舎に向かって駆け出した。
その背を見守るミケに、タゾロが声をかける。
「分隊長、マヤに何を言おうとしたのですか?」
ミケはマヤの背からタゾロに視線を移した。
「“いい服を着ろ” と。だが…、余計な世話かと思ってやめた」
「……いい服? それはどういう…?」
タゾロはミケの顔を見上げたが、もう答えは得られなかった。
急にマヤを心配する想いがこみあげてきて、去ったマヤの方を振り返ったが、もう姿は消えていた。
……マヤ、大丈夫だろうか…。
タゾロの隣に立つミケもまた、兵舎の方角を見つめながらマヤにエールを送っていた。
……いよいよ正念場だな、頑張れよ。
自室に帰ったマヤは手早く着替えると、正門まで走った。見覚えのある豪奢な馬車が待っている。
近づけば御者がさっとお辞儀をして扉を開けた。
「マヤ様、レイモンド様がお待ちです」
「ごめんなさい、お待たせして…!」
息を弾ませているマヤを車内のレイが迎え入れる。
「急がせたようなら、すまねぇな。まぁ、入れ」
「失礼します」
馬車に乗りこめば、すべるように馬車は動き出す。
とりあえずは息をととのえ、車窓に目をやったマヤは驚きの声を漏らした。
「……なんで…?」
馬車はヘルネへの道を進んでいた。
マヤの表情を舐めるように見ていたレイは、意味ありげに笑みを浮かべる。
「今日はトロスト区へは行かねぇ。ヘルネへ行く」
「……そうですか」
なぜ今日に限ってヘルネへ? と思うが、訊くきっかけを失って、そのまま黙って馬車に揺られる。
……どうして訓練を見学しなかったのですか? 団長室に行ったと聞きましたが…? なぜヘルネ…?
訊きたいことを山ほど抱えたマヤを乗せて、馬車はあっという間にヘルネに入っていった。