第27章 翔ぶ
「デザートに合わせてきただと?」
「はい、そうです。ゴールデン・トワールは爽やかな花の香りが広がるのが特徴なのですが、後味がすっきりしていて香りがすっと抜けるので甘い焼き菓子よりも、みずみずしい果物やそれを使ったデザートの方が相性がいいんです。フルーツの香りと引き立て合って、より一層美味しく味わえるから最高の組み合わせです!」
マヤはティーカップの中のオレンジ色に近い澄んだ琥珀色のゴールデン・トワールをうっとりとした目で見つめながら、とうとうと説明をつづける。
「それから多分… ですけど、このゴールデン・トワールはデブナム・リドリーが出しているものだと思います。同じ銘柄の茶葉でもブランドによって個性があって少しずつ違うんですね。私が幼かったころに父が王都から買って帰ったデブナム・リドリーのゴールデン・トワールが、確かこんな味と香りだったと…」
遠き良き思い出の紅茶の記憶を呼び覚まそうと首をかしげているマヤを見て、レイはすぐさま決断した。
部屋の隅で待機している給仕に軽く視線を投げて呼び寄せると、料理長を呼べと命じたのだ。
何事かと驚いているマヤをよそに、涼しい顔をして料理長の登場を待つレイ。
ばたばたとどこか遠くで慌てふためく音が聞こえたかと思うと、真っ白で相当な長さのあるコック帽をかぶった料理長がテーブルに飛んできた。
「……お呼びでしょうか?」
落ち着いた様子に見えるが、実際には料理長が緊張していることが、よく観察すればわかっただろう。コック帽がかすかに揺れている。
それはそうだろう。
トロスト区で一番の店とはいえ、王都からやってきて街で一番大きな宿を丸ごと無期限に借りきったと噂の公爵家の次期当主が来店したのだ。
宿にならって店を急遽貸切にして、誠心誠意のできるかぎりの最上級の対応をしてきたつもりだが、そもそもトロスト区の最上級が王都の貴族に通用するものなのか。
料理長の胸の内は、狼の前に出された子羊のように不安でいっぱいなのだ。