第27章 翔ぶ
レイのおかげでリラックスすることのできたマヤの、牛フィレ肉のポワレへの賛美が止まらない。
「お肉を噛んだらジューシーな旨味があふれてきます!」
ひとくち食べては次へと… 手も止まらない。
「それにこの香り…。深い森の中にいるような不思議な香りが鼻に抜けて…。お肉の香りとの相乗効果で気分が高揚する感じ…?」
不思議そうにほんの少し首をかたむけたマヤの頬は牛フィレ肉と同じロゼ色に染まり、そのくちびるは肉の脂でつやつやと艶めかしく光っていた。
その様子を目の当たりにして、レイはごくりと生唾をのみこむ。
マヤを好いてはいるのだが、今まで性的な目で見たことはなかったのだ。
ただただ今まで接してきた貴族の婦女子とは違った勇敢な、あの日のとっさの行動…。ペトラを想うあまりに自らのことはかえりみずに裸足で駆けていった後ろ姿。月夜に輝く美しい絹のような髪と琥珀色の瞳。愛らしい笑顔にこぼれる白い歯。レイが知るすべてのマヤの外見も、性質も、丸ごと愛していたのだが、そこにセクシュアルな要素はなかったのである。
それが今、トリュフの芳醇な香りに軽く酔ったマヤの放つ色香の破壊力といったら…。
高まる胸を左手で思わず押さえて、レイは咳払いをする。それは予想もしない時と場所に突如湧き上がったおのれの肉欲に対する一種の照れ隠しそのもの。
「……大丈夫ですか?」
風邪の咳かと、心配そうな声を出すマヤ。
「……なんでもねぇ。その…、マヤの言う不思議な香りはトリュフによるものだ」
「トリュフ…?」
「あぁ、このソースに使われている。トリュフは北のユトピア区近郊の森だけに生息するキノコなんだ。キノコといってもポルチーニのようにいかにもキノコキノコした傘なんか広げてねぇ。地下にできるトリュフは、そうだな… 真っ黒なじゃが芋ってぇところだ」
「キノコなのに傘がなくて、地下にできるじゃが芋みたいな見かけ?」
初めて聞く話に目を丸くするマヤ。
「あぁ、そうだ。そしてトリュフの芳香はフェロモンに酷似していて、媚薬にその成分が使われるらしいぜ」