第27章 翔ぶ
「牛フィレ肉のポワレ、トリュフソースでございます」
マヤの目の前には聞いたこともないメニュー名の、見たこともない肉料理。
美しくカットされた肉の断面は鮮やかなロゼ色。
「……どうした、食べねぇのか?」
芸術品のような料理をじっと見下ろしたままかたまってしまっているマヤ。
「こんなすごいお料理…、舞踏会以来です」
舞踏会のときはコース料理ではなかったので堅苦しい雰囲気ではなかったし、食べ方などのマナーも気にしなくてもよかった。
だが今はトロスト区で一番高級なレストランで、たくさんの給仕にかしずかれている。運ばれてくる料理は未知の一級品で、ずらりとテーブルにならんだフォークやナイフの使い方もわからない。
レイは “そんなもん気にする必要はねぇ” と意に介していなかったが、真面目なマヤからするとそういう訳にもいかない。
確か外側から使うはず… と実践しているが、緊張してしまってフォークとナイフがカチャカチャと音を立ててしまう。
どうやら貸切らしい静かな店内に響く無粋な音は、マヤを余計に焦らせた。
テーブルマナーのことなどろくに知らないが、貴族を扱った恋愛小説の中に出てきたことがあるのだ。そこには音を立ててはならないとあった。
そうやってテーブルマナーを気にしながら、初めて目にするような高級料理を食べても味が半分もわからない気がしてくる。
「大丈夫か? 口に合わなかったか?」
「すみません…」
高級なレストランで美味しい料理をいただいている。何も不足はない。ただ、自分がその場にそぐわないと感じるだけだ。
気遣ってくれるレイに申し訳ない。
「お料理はすごく美味しいです。ただ… ちょっと気おくれしてしまって。こんな立派なお店で… マナーもわからないし、緊張しちゃって…」
「ハッ、マナーなんて気にしなくていいと言っただろうが」
レイは鼻で笑うやいなや右手でフォークを掴むと、ぶすっと牛フィレ肉に突き刺して口に放りこむ。
「美味ぇぞ、早く食えよ」
その様子が上流階級に君臨する公爵家の貴公子とは程遠くて、マヤは思わず笑ってしまった。
「あはっ、すごい食べ方! ……私もいただきますね」
レイのおかげで緊張も解けて、口にしたお肉の美味しいこと。
「やわらかい…! 溶けちゃいそうです!」