第26章 翡翠の誘惑
「夜は涼しいですね」
マヤは今、ラドクリフの植えためずらしい色の桔梗を見るために食堂を出て、正門を入ったところにある花壇へ向かっている。
「そうだな。最近昼間は結構暑くなってきたもんな。俺なんか図体がでかくて汗っかきだから、きついもんがある」
今は7月だが、これから8月がやってきてもっと暑くなるのかと、ラドクリフはうんざりした声を出していたが。
「おっ、見えてきたぞ」
幹部棟の前にある正門、そしてラドクリフが丹誠をこめて手入れをしている花壇が、歩みを進めるごとに大きくなってくる。
……青紫色以外のキキョウって?
気持ちがはやって、マヤは駆け寄った。
陽は落ちてすっかりあたりは暗くなってはいるが、月明かりに加えて幹部棟からの窓明かりもあり、花壇は意外とよく見えている。
星型の綺麗な花、桔梗。
青紫色ならば闇にまぎれて見えにくいはずなのに、今はぼうっと浮き上がっている。
「……白!? ううん、淡い桃色だわ!」
「正解。淡紅色のキキョウだ」
その桔梗は薄いピンク色で白に近い。夜風にそよそよと揺れる星型の淡紅は、儚さすら感じる。
青紫の桔梗の色は濃く、凜としているのと対照的だ。
「淡紅色の桔梗、初めて見ました。とても綺麗だわ…」
「……だろう? 花好きのマヤでも初めてだろう? めずらしいだろう?」
ラドクリフは得意満面だ。
「ビアンカの店でも滅多に売ってなかったからな!」
「……ビアンカ?」
「あっ、すまん。前にちらと話した実家の隣の花屋の幼馴染みだ…」
「あぁ…、憶えていますよ。お姉さんのように慕っていたって。その人に花言葉とか教えてもらったんですよね?」
そしてマヤは言わなかったが、他にも思い出していた。
……調査兵団に入る分隊長に、ガザニアの花を贈ってくれた人。
ガザニアの花言葉は “あなたを誇りに思う”。
「そう、その幼馴染みのこと。名前まで教えるつもりはなかったのに、ついな…。すまん」
そう照れてマヤの顔から花壇の花へ視線を落としたラドクリフの横顔は、薄暗くてもはっきりとわかるくらいに紅く染まっていた。