第26章 翡翠の誘惑
マヤの提案を実行すべく、ものすごいスピードで残りのシチューを平らげたラドクリフは、がたっと音を立てて立ち上がった。
手にはシチュー皿を持っている。
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃいです」
パンを懸命に噛みながらラドクリフの動向を見ていると、カウンター越しにマーゴとやり合っている。
しばらくすると満面の笑みで帰ってきた。
「言ってみるもんだな、結構もらえた」
見ればシチュー皿には、なみなみと。芋もごろごろと。
「本当ですね。マーゴさん、気前よく入れてくれたんだ」
「最初は渋ってたが、俺が体がでかいから腹が減るんだよと訴えたら “もう、仕方がないね!” と笑ってな」
「ふふ、良かったですね」
そんなやり取りをしながら、二人が美味しいシチューをほとんど食べ終えたころ。
「そうだ、マヤ」
ラドクリフがスプーンを置く。
「正門の花壇に新しい花を植えたんだが、見たか?」
「いえ…」
王都から帰ってきたときは夜だったし、色々なことがありすぎて、花壇を見る余裕もなかった。
「めずらしい花を手に入れてな」
花壇の花は、もともとはどんなシステムだったのかは定かではないが、今はラドクリフがすっかり花担当になっている。自らすすんで植え替えなどの手入れをしたり、ヘルネの花屋から種や苗を買いつけたりしている。
「へぇ、どんなお花ですか?」
「キキョウだ」
「キキョウですか…」
めずらしい花と言うから何かと思えば、桔梗だと。
大好きな花ではあるが…。
……別にめずらしくはないよね?
ヘルネに行く道の途中にも咲いているくらいだもの…。
マヤの考えていることが声には出さなくても、その表情で筒抜けだったらしい。
「あっはっは! めずらしくもなんともないって思ってるだろ?」
豪快に笑い飛ばされて、マヤは苦笑いで返す。
「……ええ、まぁ…。キキョウはもちろん綺麗で好きですけど、めずらしくはないですよね?」
「まぁな、青紫色のキキョウは道端にだって咲いてるしな」
「え? 青紫ではない…ってこと?」
「そうだ」
すぐに何色なのか教えてくれればいいのに、もったいをつけるようにしてラドクリフは黙る。
「何色なんですか?」
我慢できずに訊けば、こう誘われた。
「花壇に行こう」