第26章 翡翠の誘惑
食堂は多くの兵士でにぎわっていたが、ぱっと見た限りは特に親しくしている顔はいなかった。
……残念!
マヤは空いている席に座って食べ始めた。
今日のメニューは定番の野菜のシチューだ。肉は鶏肉が申し訳程度にしか入っていないが、その代わりに芋と人参がごろごろと入っていて手っ取り早く満腹感が得られる人気のメニューだ。
パンはいつもの硬いパン。噛み応えがあって、皆ぶーぶーと文句を言いつつも、味は美味しいので密かに人気がある… なくてはならない主食だ。
もぐもぐとパンを咀嚼しながら、明朝の立体機動訓練のことを考えている。
……少し早起きして訓練の前に整備するつもりだったけど、タゾロさんがやってくれたから。ぎりぎりまで寝ようかな?
「マヤ」
………!
声をかけられるまで、全然気づいていなくて少なからず驚く。
「ここ、座っていいか?」
「はい、もちろんです!」
「よっこらしょっと」
そんな年寄りくさい掛け声とともに向かいの席に腰を下ろしたのは、ラドクリフ分隊長だ。
「お疲れ様です、分隊長」
「本当にお疲れだよ、俺は兵団の仕事で一番会議が嫌いだ」
ラドクリフは幹部会議が終わるや否や会議室を飛び出して、食堂にやってきたのだ。
「あぁぁ、腹減った!」
そう叫ぶと、ものすごい勢いで右手のスプーンでシチューを口に運び、左手にはパンを鷲掴んでぱくぱくと食べ始めた。
その様子はまるで子供のようで、マヤはにこにことしながら見ていたが、ラドクリフの発した言葉で思い出す。
……そうだった、幹部会議だったんだわ。兵長は食堂には来ないのかしら?
マヤは不自然にならないように、それとなく訊いてみる。
「他の幹部の皆さんは…?」
そう訊きながらも、本当にその所在が気にかかっているのはリヴァイただ一人だ。
「さぁ? まだ会議室じゃないか? エルヴィンが一旦終わりだと言うから出てきたが、どうもリヴァイは不満があったみたいで終わってなかったみたいだし?」
「はぁ…」
終わりだけれど終わっていない。
しかもリヴァイ兵長が絡んでいる。
よく意味がわからないうえに、所在の気にかかっているリヴァイの名前が出てきてマヤの胸はドキドキしてくる。