第26章 翡翠の誘惑
「なるほど…。バルネフェルト公爵家の嫡男はなかなかの男前ということじゃな?」
「………?」
なぜヘングストが、いきなりレイモンド卿のことを男前などと言い出したのかわからなくて、マヤは不思議そうな顔をする。
「レイさんは確かに綺麗な顔をしていましたけど、どうして…?」
「そりゃあマヤ、お前の顔を見れば馬でもわかるわい。のぅ、アルテミス?」
ブルブルブル!
いきなり話を振られても、賢いアルテミスは即座に返事をする。
「えっ、そうですか?」
「乙女の顔じゃった。それに “レイさん” とは…、なかなか親密な様子じゃが」
「そんな!」
“乙女の顔” だの “親密” だのと言われて、マヤは慌てふためいた。
「違いますよ、ヘングストさん! レイと呼んでくれと言われたからであって、ペトラもレイさんと呼んでいますよ? それに綺麗な髪と瞳の方だなぁとは思いますけど、それだけです!」
むきになった様子で必死で否定してくるマヤにヘングストは愛おしそうに目を細めた。
「ふぉっふぉっふぉ! 冗談じゃよ。マヤはどんなに立派な貴族の息子であろうが、男前であろうが… そんな簡単にはなびかんことは、わかっておるわい」
「……そう… ですか…?」
冗談だと聞いて安心するが、今度は “なびかない” と断言されて、それはそれで何故? と思ってしまう。その疑念が声色に思いきり乗る。
「そうじゃ。お前には身近にもっといい男がおるからのぅ。よそに目を向ける暇などないはずじゃからのぅ」
「………」
身近ないい男と聞いて、リヴァイの顔が心いっぱいに広がって、マヤは真っ赤になってうつむいた。
「……たとえばリヴァイ兵長は貴族のぼんぼんなんか比べもんにならんほどの色男じゃわい」
「………」
「ほれ、図星じゃ」
先ほどレイモンド卿のことを素敵な方だと言って目を伏せたときの、何倍も艶めいた様子で頬を染めて目を伏せたマヤを目の当たりにして、ヘングストは確信を持った。
マヤが身近な誰かに恋をしていること。
それがリヴァイ兵長であることを。