第26章 翡翠の誘惑
マヤの明るい声が響いた途端に、それまですやすやと眠っていたアルテミスがブルブルと鼻を鳴らした。
「アルテミスも、いつでも話しに来てと言ってます!」
「あはは、アルテミスは寝ながら聞いてくれていたんだよな。少し照れくさい話でもあるし、それくらいの感じで聞いてくれるのもいいかもな」
モブリットは手入れの行き届いた綺麗な栗毛を眺めながら笑っていたが、自身の愛馬のことを思い出したらしい。
「……そろそろペルセウスのところに行くかな」
「あぁ、そうしてください。モブリットさんの顔を見たら大喜びするでしょうね」
「そうだな。ペルセウスにも話を聞いてもらうとするか…。マヤ、ありがとう。じゃあな」
「こちらこそありがとうございました。お疲れ様です」
ぺこりと頭を下げたマヤに対して、馬柵棒の向こうからモブリットは軽く手を上げて去っていった。
ブルブルブル…。
まるで見送るかのようにアルテミスの鼻音が、モブリットの背中を追いかけた。
そんな愛馬を再び、ぽんぽんと優しく叩いてやりながらマヤは微笑んだ。
「行っちゃったね、モブリットさん。こんなに長くモブリットさんと話したの初めてじゃない? アルテミス」
ブルブルブル…。
「私もよ。いつもモブリットさんのそばにはハンジさんがいるから、今みたいにモブリットさんと二人きりで長く話しこむのは初めてよ」
ヒヒン!
若干非難めいたアルテミスのいななきに、慌ててマヤは謝った。
「ごめん、二人きりじゃないわね。二人と一頭ね」
ヒヒン。
「ふふ」
そうやってアルテミスとしばらくの間、とりとめのない話をしていたマヤだったが、眠気に襲われる。
寄り添っている愛馬の体温が心地良く、愛馬を寝かしつけるためにぽんぽんとゆっくり叩いていたリズムで、自身のまぶたが重くなる。
「……ちょっと寝るわね、アルテミス…」
そう言うか言わないかのうちに、ぐっすりと眠りこんでしまった。