第26章 翡翠の誘惑
「……だからね、ふくらんだ想いを持て余してしまうし… 分隊長が風呂に入った日は泊まらないようにしたんだ」
本当の意味での裏事情はさすがにマヤに話すことはできないが、モブリットはハンジと風呂と自身との因果関係を伝えた。
「そうですよね、気持ちは大きくなる一方ですもの。ハンジさんがお風呂に入ったら、素顔を見てしまった夜のことが思い出されて… 気持ちの行き場が大変ですよね」
「そうなんだよ…」
同調してくれたマヤにうなずき返しながらも、モブリットは “気持ちだけでなく身体の熱の行き場が困るんだ” と内心で苦笑いをしていた。
「あっ、ナナバさんとニファさんにハンジさんを大浴場に連れていくように頼んだのも、お部屋で入られたら困るからなんですか?」
マヤが無邪気に訊いてくる。
「あぁ、それは…。どんどん分隊長の風呂嫌いが加速して、以前は定期的に自ら入っていたのが、俺が強制しないと入らなくなって。でも気持ちの行き場の問題もあるし、部屋の風呂に入れと強要もしにくくて…。それでナナバとニファにお願いしたんだ」
「……なるほど。ナナバさんもニファさんも言っていたけど、お風呂嫌いの上司を持つと大変ですね」
「あはは、全く。苦労しっぱなしだよ」
そう笑って眉を八の字に下げたモブリットは、どこか幸せそうだった。
「さっきも話したけど、分隊長への気持ちを表に出さないようにしてきただろう?」
「はい」
「やっぱり副長としてそばにいて、ずっと支えていきたいからね。想う気持ちと同じくらいに…、いやそれ以上に心からそう思ってるんだ。それには俺の気持ちは知られない方がいい。そう考えて隠してきたつもりだけど、隠せば隠すほど分隊長への想いは強く大きくなっていって一人で抱えてしまっていた」
……モブリットさん、ずっと一人でハンジさんへの気持ちを抱えてきたのね…。
マヤは、自分はなんて恵まれているのだろうと感じた。
リヴァイ兵長への想いは、ペトラが聞いてくれた。一緒に考えて、ときには叱ってくれた。
男性が女性を想うことが、一体どんな感じなのかはよくわからないけれど、一人で抱えるのは辛いよね…。
……あっ、ほら… オルオだって、私に結構相談してくるもの。