第5章 火事
でもこんな寒い夜に外にいつまでも居るわけに行かなくて、込み上げてくる涙をなんとか堪えて震える足で立ち上がる。
幸いお財布やカード、携帯、大事なものはカバンに全部ある。大丈夫。
自分に言い聞かせて、歩き出したところで腕を掴まれて振り返る。
「ゆめ!大丈夫!?」
そこには息を切らして自転車にまたがった日々人がいた。
「…日々人……。」
我慢していた涙が一気に溢れ出す。
「うっ…。日々…。こっ怖かった…。」
「うん。もう大丈夫。どこもケガしてない?」
「…っ、ん、ない。大丈夫。」
ほー、と日々人から息が漏れる。
ぎゅうーっとしっかり抱きしめてくれる。
わたしは目から壊れたみたいにポロポロ涙を流しながら日々人にしがみついた。
いつもの日々人の匂い。温かくて心底安心するにおい。
「とりあえず乗って。俺ん家おいで。」
「うん。」
ぎゅっとしがみつくと、ゆっくりと自転車が動き出した。
家に着くと、日々人がすぐに温かいコーヒーを入れてくれる。
ありがとう、と言って、一口くちにすると、ほろ苦いお砂糖とミルクを多めに入れたコーヒーが、気持ちを少し楽にしてくれた。
「ご飯はまだ?食べれそう?」
「食欲無いかも…。」
日々人がこっちにやってきておでこに触る。
「ゆめさっき抱きしめたときも思ったけど、なんか熱い。」
「え?」
体温計を差し出されて計ると8度3分。
「うわ、結構あるじゃん。
今日はもう寝て、明日病院だね。」
「あ、でも仕事…。」
「そんなんじゃ行けないでしょ。
子供服なら子供も来るし余計ダメなんじゃない?
店長に火事のことも合わせて電話しちゃいな。」
日々人の正論に、ぐうの音も出ない。
「そうだね。ちょっと電話してくる。」
「うん。寝室使っていいよ。」
「ありがとう。」
ディミトリーに電話すると、すごくビックリして心配してくれた。
とりあえず1週間は休んで、そのあといつから出勤できるか考えようと言ってくれた。
お礼を言って電話を切りリビングに戻ると、日々人がおじやを作ってくれていた。
「弱ってる時は、温かいの少しでも腹に入れたほうがいいよ。」
日々人の優しさに涙がこぼれそうになり、急いで拭う。
「ん、ありがとう。」
熱い湯気を立てる小さな鍋から少しづつお皿にとって食べる。
「おいしい…。」
「よかった。」