第10章 桜
「ママ、このお店の名前、さくらと同じなんだよね。」
さくらがはしゃいで言う。
「そうだよー。ラ フルール ドゥ スリズィエって読むんだよ。」
「らふるーる、ど…。」
聴きなれない言葉が難しく、まだうまく言えない幼い娘が愛おしい。
桜。
すぐに散ってしまう儚い花。
ゆえに美しい花。
子供服と似ているなぁと思った。
着れる時期は一瞬で過ぎてしまう。
けれど、だからこそ愛おしい。
日本を象徴する花、という意味でも気に入っているし、フランス語にしたのは、音の美しさもあるが、何より自分を表してくれる気がしたから。
日本人のわたしが、フランス語圏のベルギーで学び、大好きなロシアで出した店。と言ってくれている気がしたから、この名前に決めた。
日々人も出てきて桜を見上げる。
「桜、ほんとナイスタイミングで満開だなぁ。」
「うん。入学式思い出しちゃうなぁ。」
「ある意味、今日も入学式みたいなもんだよな。」
「あはは。ほんとだね。」
さくらを抱えていた反対の手で日々人の手に触れると、日々人が「ん?」とこっちをむく。
「日々人、いつも支えてくれて、本当にありがとう。」
「こちらこそ、いつもありがとう。」
コツンとわたしの頭に頭をぶつける。
「さくら。こっちおいで。
ママ重たいよ。」
日々人が抱っこを代わってくれる。
お店の看板をclosedに掛け替え、店内に戻る。
「さくらも重たくなったよね。」
「うん、大きくなった。」
お店を片付けながら話していると、さくらが得意げに「もっと、もっと、さくら大きくなったら、ママのお店、手伝ってあげるからね。」
と、満面の笑みで言う。
「え?パパのお仕事は手伝ってくれないの?」と日々人が聞くと、
「パパとも一緒に宇宙に行ってあげるね。」て言うから、2人で笑ってしまう。
「うん。楽しみにしてる。」と、日々人に似て色素の薄い髪を大きな手で撫でられると、満足そうにさくらが笑う。
あの日、月に踏み出した日々人みたいに、わたしも思い切り一歩を踏み出せただろうか。
これからも踏み出し続けたい。
ワクワクしながら、一歩、一歩。
愛しい人たちに囲まれながら。
支え、支えられながら。
fin