第2章 名前
「それで、何か用件があったみたいだけど」
ぷつんと一瞬だけ途切れた会話を繋ぐように発せられた実渕さんの声。
…そうだった。お二人の会話が面白くて忘れてた。
実渕さんを呼んでくださった葉山さん(本人には小太郎でいいよって言われた)は、「じゃあ俺は戻るわ~」と言い残してさっさと教室へ戻ってしまった。
二人きりって、なんかきまずい。
「あ、あの、…実渕さんがお暇な時でいいので、その…」
「……うーん…ごめんなさい。私放課後は殆ど部活で校内に顔を出せないの。一日空くのはずっと先になるわ」
あ。言う前に遮られた。
というか、拒絶されたよね、完全に。
一日じゃなくても、10分でいいんです。
なんて、図々しい事も言えなかった。
それもそうだ。自分の知らぬうちに見ず知らずの後輩に自分を描かれていて、あわよくばもう一度なんて頼み込まれているんだから。
「…ですよね!すみません変な事いって…失礼します」
…出来ることなら時間を昨日まで戻してこの人に会う前の自分になりたい。
遠回しに拒絶されて自滅してる自分が虚しくて、凄く恥ずかしい。
「…?…えっと、かほちゃん」
どきん。胸が高鳴る。
でもそれはよくある恋愛の比喩表現じゃなくて、次にこの人に何を言われるか分からない恐怖から実際に心臓がいつもより速く動いているから。
「征ちゃんの話ならいつでもできるから、気軽においで」
…ん?
予想をしていなかった謎の第三者の登場に私はだらしなく口をぽかんと開けたまま、しばらく閉じられなかった。
せいちゃん。せいちゃんってどなた様ですか…
「せい、ちゃん…?」
「え?…征ちゃんに片思いをしていて、昨日の一件で私と交流を持てたから一日恋愛相談したかったんでしょ?」
ど、どうしてそうなるんだ…
…もしかしてこういう所で物凄く鈍感…?
いやでも、実渕さんの言う"せいちゃん"という人が気になりすぎて、それどころではない。
「…ど、どなたでしょうか…」
そう言うと、目の前の実渕さんも先ほどの私と同じように口をぽかんと開けて停止した。