第1章 二年一組
「…柄本先生、いらっしゃいますか」
「うーんと…ごめんなさい、今は職員室にはいらっしゃらないみたい。教室に行ってみてくれるかな?」
「分かりました、失礼します」
ぐっと漏れてしまいそうなため息を飲み込んでから、別の校舎に続く、長い長い渡り廊下を歩き始める。
渡り廊下にある窓の外には、サッカー部や野球部が夏の大会に向けて練習をしている風景があった。
何度か写真を撮らせてもらって、その光景を描いてみたいと思ったことはあったものの私のひねくれた心ではどうにも『仲間の絆』とやらが理解できず、全て途中で断念した。
薄情だな、と私の絵を覗きに来た野球部の一人にからかわれ、「ごめんね」と言ってはみたけど「まぁお前の描きたい物ではなかったんだよ、多分」と言い切られてから似合わない事は止めようと思い、無理に『青春』を理解するのは止めた。
野球部のキャプテンの声が微かに耳に残る中、美術部顧問の柄本先生が担任をしている二年一組の前まで来ていた事に気付く。
「柄本先生…は、いらっしゃいません、よね」
まぁそうだよね、と心の中で期待もしていなかった自身を自虐するように笑う。
すぅ、すぅ、規則正しい寝息が教室の後ろから聞こえる。
閉めかけていた前のドアを開けてその寝息がした方に目を向けると、そこに男子生徒が一人で居眠りをしているのが目に入った。
よほど疲れているのか、首はくたりと前に傾いていて、腕はぶらんと床の方向に下げられ、少しだけ丸まった背が椅子の背もたれに預けられている。
伏せられた瞼は色気があり、睫毛はまさに美人を思わせる程に長くくるりと自然に上を向いていた。
呼吸をする度に少しだけ動く高い鼻と、薄く開いた血色の良い唇。
この美しい黒髪に花の簪を差してみたい。
閉じられた瞼が開いたら、そこにはどんな色の瞳があるのか。
その唇から、どんな声が聞こえるのか。
この人に触れたい、と瞬間的に思ってしまった。