第1章 黄玉(桃城)
俺の馬鹿な行動のツケは、メンテ代の支払いよりも先に、翌日の夜にやってきた。
仕事を終えて家に帰っても、アリスがいない。
昨日まで、眠っていたとはいえ、常にそこで俺の帰りを待っていてくれたアリスの不在は、思いの外俺を打ちのめした。
温めることのないミルク、使われることのない食器や寝床がむなしい。
そして、アリスのいない長い夜の過ごし方が、すでに俺には分からなくなっていた。
座ってくつろげば無意識にアリスをなでようとした手が空を切り、風呂に入ればアリスのための香油の香りがしない湯に違和感を覚えた。
眠ろうとすれば、暗闇の中にアリスの寝息の音を探しては、無音に耐えかね灯りをつけることの繰り返しだった。
たちまち睡眠不足に陥り、隈をべったり貼り付けて出社する俺の姿に、さすがの上司も心配したらしい。
帰って病院に行けと言われたが、病院に行って治るものでもなし、あの部屋に一人でいるのは耐えられそうにない。
食い下がって食い下がって仕事をし、夜はバーで酒浸りになってようやく帰宅し、倒れ込むように眠った。
そんな日を6回繰り返し、7日目。
アリスが帰ってくる。
俺は全力以上の力で仕事を片付け、定時ぴったりに退社すると、全速力で家への道をひた走る。
早く、一瞬でも早く、という思いが俺をぐいぐいと引っ張り続ける。
あまりにも長い帰り道を経て部屋にたどり着き、ドアベルがなるのをまんじりともせず待った。
待ち望んでいた音に立ち上がり、体当たりのようにドアを開ける。
その向こうに待ち望んだ姿を見て、俺の脳裏にひらめく想いがあった。
笑ってくれなくてもいい。ただそこにいてくれるだけでいい。
アリスがいない人生には、もう、俺は、耐えられない。
ひしとアリスを抱きしめ、柔らかく艶の戻った髪に頬ずりをして、アリスの存在を全身で感じた。
ああ、もう二度とアリスを手放すようなことはすまい。
強く心に誓うほど、アリスを抱きしめる腕に力がこもる。
抱き潰しそうなほど力を込めているのに、アリスはうっとりと目を細めている。
言葉より何より、その表情が心を伝えているような気がした。