第1章 黄玉(桃城)
「……お客さん、お客さん」
アリスの存在に感じ入る俺の耳に、なにやら不機嫌な声が届いた。
「感動したのはよおーっくわかりましたので、俺まで抱きしめるのはやめていただけませんかねえ……」
……どうやら、勢い余って、アリスを抱き上げて連れてきた店主ごとアリスを抱きしめていたらしい。
そう言えば手のひらに当たる感触はやけに固かった。アリスとの再会の感動に紛れて無視していた。
改めて店主からアリスを受け取り、抱きしめなおす。
一生ものなんですから大切にしてくださいよ、という店主の小言を聞き流し、俺は幸せに浸っていた。
「いいですか?一番の栄養は『愛情』だという言葉通り、お客さんの少女《プランツ》に必要なのは温かな心の交流です。
せっかくのミルクもドレスも、それに愛情がついてこなければ何の意味もありませんよ」
帰り際の店主の忠告は、アリスがいなくなる前の俺にはたぶん理解できなかっただろう。
今ならよくわかる。忙しさにかまけて、俺はアリスにろくに声もかけていなかった。
店主が「エサ」だと言ったミルクや、「肥料」だと言った砂糖菓子を、言葉通り捉えて機械的に与えるばかり。
気まぐれに頭をなでたり顔を見つめたりといった交流さえしていなかったなら、とうにアリスは「枯れて」しまっていたのかもしれない。
……そう言えば、前の彼女にも「私のこと、本当に大切だと思ってる?」って、聞かれたっけなあ。別れる直前……
俺は、アリスを宝物のように扱うようになった。
ミルクを温め、手渡すだけですら笑顔を向け、砂糖菓子は俺の手で食べさせた。
花やりぼんでアリスを飾り、何をするにも声をかけ、その美しさや愛らしさを言葉にした。
……アリスは、日増しに美しくなっていく。
以前の1ヶ月が嘘のように、アリスは俺に目を合わせ、微笑みかけ、抱きついてくる。
時には俺の手に触れ、顔をなで、肩や胸にもたれかかってくる。
俺はアリスからの愛を感じ、アリスに愛を返す。
循環する愛情が、俺とアリスの間に確かに育まれてきていた。