第1章 黄玉(桃城)
一月ほど経った。
アリスを手に入れたきっかけの失敗については何とか事なきを得て、俺は今日もばたばた働いている。
……いや、「事なきを得て」はいないんだろう。
上司の視線は相変わらず厳しいし、先輩にはため息が増えた。部内の雰囲気も、前と同じようにはいかない。
正直、俺は疲れている。
あれ以来、本気で身を改めようと気をつけているつもりだし、実際ミスは減ってきている。
ただ、自分の評価を取り戻すことの大変さを痛感していた。
家に帰れば、アリスがいる。
しかし、初日に見せてくれたあの笑顔を見せることはなかった。
おまけに、最高級品に数えられるアリスに合わせた最高級のミルク、器、砂糖菓子。化粧品に下着、たくさんのドレスに装飾。湯に落とす香油に絹の寝床。
アリスによって、俺の貯金は驚異的な勢いで桁を減らしていった。
それでもあの笑顔をもう一度見るためと必死に世話をしていたが、だんだんと髪はぱさつき、肌は色をなくし、あんなに輝いていた瞳もとろんと濁るばかり。
ついには眠る時間が増え始め、瞳を見られる時間すら減っていった。
……それでもアリスは、美しかったけれど。
うまくいかない仕事、うまくいかないアリスの世話。
ある日、ぷつんと何かが切れた。
その日も気まずく仕事を終え、どうにも苦しい気分を紛らわしたくなって、酒を買って帰った。
家に帰り着き、扉を開けた向こうには眠るアリスの姿。
本当ならすぐにでも起こしてミルクをやるところだが、それすら気重に思えて、俺は鞄を放り出しグラスに酒と氷を注いだ。
一気にあおると、頭がぐらぐらと茹だるように温度を上げていく。
横目に見たアリスがまだ眠っているのが急に憎らしくなって、俺は大声をあげた。
「何でだよっ!」
目を覚ましたアリスがゆるゆると体を起こす。
こちらを見るその目が、俺を責めているように思えた。
「何だよ、俺が……俺が悪いのか!?」
実際はたぶん、ただ音がする方を見ただけなのだろう。でも、そのときの俺にはその視線すら惨めさを深めるものだった。
そして、俺はかっとなって――
「ふざけるなっ!!」
手に持っていた酒瓶を、アリスに投げつけた。