第1章 黄玉(桃城)
「ええと、じゃあ――」
「ああ、ちょっと待ってください。
最初に名前を呼んであげるのは、ご自宅に着いてからにしてはどうですか?
特別さの演出も、愛情のひとつですよ。
さて、大変お待たせしました。ご自宅までお送りします」
そう言って店主が出してくれた車の後部座席に座る。
部屋に着くまでのわずかな時間、隣で自分にもたれかかる少女《プランツ》の柔らかさに驚きながら、窓の外を眺めていた。
夢ではない。……夢から、覚めないのかもしれない。
やがて家に着き、ハイヤーの運転手よろしく恭しくドアを開けた店主に礼を言って車を降りる。
「お待たせしました。
さあ、ご自宅まで少女《プランツ》を抱いていってあげてください」
「はい?」
「愛情ですから。さあ、お願いしますよ」
有無を言わせぬ笑顔に押し切られ、少女《プランツ》を横抱きにする。
ドレスの布量に苦戦する俺をよそに、少女《プランツ》は世にも幸せそうな顔で、俺の首に抱きついてきた。
その笑顔に、胸が温かくなる。……いつ以来だろう。忙しくなる前だろうか。それとも、あいつと別れる前?
部屋のドアを開け、少女《プランツ》の靴を脱がせて進み、そっと自分のベッドに降ろす。
軽く整えてあるとは言え、使い込んだ綿のシーツと量産品のベッドスプリングは少女《プランツ》にそぐわないことこの上ない。
寝床を整えてやらなくては、というタスクをいったん横に置き、俺は少女《プランツ》と向かい合った。
「……なあ、俺を選んでくれてありがとうな。お前のこと養っていけるように、頑張るよ。
よろしくな、……アリス」
そっと、店にいるときから考えていた名前を声に乗せる。
お互いの耳に届いた名前は、すとんと俺の中に落ちて、少女《プランツ》と結びつき心の一角を占拠したのがわかった。
ああ、愛着ってこういうことか、とわずか感動する俺の顔をじっと見て、少女《プランツ》……アリスは、くっきりと微笑んだ。