第3章 桜草(白石)
しばし頭をひねっていた様子の店主が、不意にぽん、と手を打った。
「ああ、そうだ。『お客様』」
「なんや?」
奇妙に最後の呼びかけが浮き上がって聞こえたような気がして、男は顔を上げる。
はたして、にっこりと圧を感じる笑顔を浮かべた店主は、店の奥を示して言った。
「お客様ご自身が、少女《プランツ》を育ててみては?」
「はあ?」
俺が?と自分を指さす男に、はい、と力強く店主はうなずく。
「いや……そないなこと言われても。俺、別に少女《プランツ》が欲しいわけやないし」
「じゃあ待ちます?」
「うぐ」
腰が引けている男に、店主はたたみかけるように続ける。
「いいじゃありませんか、自分で自分の道を切り開く。格好よくないですか?」
「いやほんまに切り開けるんかいな。少女《プランツ》から“天国の涙”採るて、さっきの条件突破せなあかんのやろ?」
「壁は高い方が燃えませんか?」
「高いにもほどがあるわ!しかもてっぺんの高さ見えてへんやないか!
だいたい俺、今んとこ少女《プランツ》への興味“天国の涙”が採れる元、くらいしかないで?」
「興味がある、結構なことじゃありませんか」
「本気で言っとるんか?」
「本気ですよ」
ぽんぽんと言葉の応酬を交わしていた店主が、いったん言葉を切る。
「……私としても、興味があるんですよ。
物欲、物欲と言わせていただきますが、その程度の思い入れしかない方が少女《プランツ》を手に入れたとして、そこに真実愛が芽生えることがあるのかどうか」
奇妙な暗さをたたえて、店主の声が男の耳に届く。
遠くへ放り投げるようなその言葉に、男は知らず身構えた。
「……自分、本気で言っとるんか?
仮にも観用少女《プランツ・ドール》を扱う商売人やろ。自分の商品、そんな、実験動物みたいな……」
男自身、宝石を扱うときには、赤子や恋人に接するつもりで丁重に丁寧に扱っている。
そんな男からすれば、店主の発言は理解できないものだった。