第1章 黄玉(桃城)
「すんません、俺みたいなのがいちゃダメなとこですよね。帰ります」
「ああ、いえいえ、通常では、ですから。
お客様は特別ですので」
立ち上がろうとする俺を店長はやんわりと引き留める。
「大幅に割引させていただきます。……具体的には、7割引ほどでいかがでしょうかね」
はあ?と、思わず声が漏れた。
正直なところ7割引でも衝撃的な額だけど、それにしたって7割も引かれる理由が分からない。
「……え、何で?
……あ、中古とか?訳あり品?」
「いやいや、全くの新品ですし、質についても保証書つきの最高級品ですとも。
――お客様『が』特別なんです」
「俺が……?」
向かいに座る少女《プランツ》の瞳が、「そうよ」と言わんばかりにきらきらと輝く。
こちらを見るまなざしにこもる熱は、人形から発せられているとは思えないほどで。自分は特別なのだ、と、それだけでも錯覚してしまいそうだ。
「これだけの質になりますと、“選ぶ”んです。
この少女《プランツ》は、どうやらお客さんに買ってもらいたがっているようですから。
どうです?今なら、こちらのドレスと装飾一式もおつけしますよ」
瀟洒な手つきで少女《プランツ》と、いつの間にやらクロゼットから取り出された服飾を示した店主は、意味ありげな笑みを浮かべている。
……香がふわふわと頭を巡る。ぼんやりして、今の自分の思考が正常なのか、自信がない。
「ああ……でも、その。
どうすればいいんだ?あの、世話とか。生きてる……んだよな?ご飯とか……」
かろうじて頭に浮かんだ疑問を口にする。
「ご心配なく。
これはおとなしい質で、きれい好きに育てられてますからね。
エサは1日3回温かいミルクを与えるだけです」
「……え、それだけ?あ、でも、時間とかは」
「もちろん朝昼晩と与えていただくのが一番ではありますが、お勤めの方だと難しいですよね。
ある程度間が空けば大丈夫ですよ。他のお客様にもそういう方はおみえです」
他の、という単語に、どこか安心する自分がいる。
一人で説明を聞いていると、どうも夢の中のような心地になってくるけれど、他者がいるというだけで、まだ自分は現実から夢へ流されたわけではないと言われたような気がした。