第1章 黄玉(桃城)
(今日危うく失職しそうになったものの)それなりに稼いでいるとはいえ、俺はこんな店に堂々入れるほどの身分じゃない。
それがどうしてここにいるのかと言えば、この店のショウウインドウにあった「品物」のためだった。
店主の横、俺の正面に移動された「品物」を、改めて見つめる。
それは、人形であるらしかった。……人形という表現は正しいんだろうか?
少女の姿をしたその人形は、俺がショウウインドウを見るなり、「目を開いて」「俺に微笑んだ」のだ。
仕掛けもなく動く人形なんて、聞いたことがない……いや。聞いたことは、あった。
「観用少女《プランツ・ドール》」。
大都市のろくでもない噂に紛れて語られる、この世のものとも思えない美しさと、途方もない価値をもつ生き人形。
おとぎ話のようなその存在を、まさか現実に目にするなんて、思ってもみなかった。
俺に微笑んだその少女《プランツ》は、噂通り美しかった。……いや、それ以上に、かもしれない。
白い肌、いとけない姿に古風なドレスがよく映えている。淡いブルーの袖に縫い付けられたたっぷりとしたレース、そこからのぞく手は陶器よりなお滑らかで、爪は磨いた桜貝のようだ。
流れ落ちるような黒髪はわずかに波打って、自ら光り輝くかのよう。編み込まれた赤いりぼんが黒さをさらに際立たせている。
瞳は吸い込まれそうな深みのある黄玉、睫毛は長く濃く、微笑んでいても少し上がった目尻から猫めいた印象を受ける。
小さな鼻に、珊瑚のくちびる。ほのかに染まった頬。
この世のものとも思えない、そんな表現では足りないような美しいものがそこにあった。
「美しい瞳でしょう?“黄玉”と呼ばれております。
“名人”の称号を持つ職人が、丹精込めて育て上げた一品ですよ」
高くも低くもない、店主の穏やかな声が耳に入って、通り過ぎる手前で引っかかった。
どうやら、途方もない価値の中でも上の方の価値だということだろうか。
「……高価そうッスね」
「そうですね。通常では――」
「……も、もう一回言ってもらえます?」
店主が告げた数字は、こう、超越した数だった。正直、ものの価格として俺の認識できる数字じゃない。