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プランツ・ドールの森

第3章 桜草(白石)


「ところでですね、お客様」
「何でしょ」
「別に私、当店で“天国の涙”を扱っていないと申し上げた覚えはないのですが」



「えっ」
「えっ」
「…………
 せ、せやったっけ?」
「はい」



 店主の唐突な一言に、完全に営業のポーズを見失った男は、顔つきも口調も完全に素に戻っていた。

「うっそやろ……」
 店主のぴくりとも崩れない笑顔を呆然と見やった男の口から、何とも言えない声が転げ落ちる。
(え、俺の気構え何だったん?めっちゃ気合い入れてきたんやけど)
 店主の言葉の意味をかみ砕いて飲み込んだ男は、代わりに大きな大きなため息をつく。
 何というか、転がされた気分だった。どちらかと言えば男が勝手に転んだ感じだが。

「ええー……
 あ、扱っとるんやったら、ウチに卸してくれる気とかはないんで?」
 もはや口調を戻す気力もなく、そのまま交渉を始める男に、店主はしてやったりの笑みから通常モードへ移行する。
「ああ、そうおっしゃるとは思ったんですが。結論から申し上げれば、卸は致しかねます。
 なにぶん、大変稀少な品ですから」
「稀少や言うても、存在はするんやんな?」
「存在します。しますが……
 あれは“奇蹟”と言うべきものなんです」
 常に持ち上がっている口角をこのときばかりはまっすぐに戻して、店主はきっぱりと言い切った。

「奇蹟?」
 宝石商である男からすれば、「奇蹟」という言葉は割に耳慣れたものだ。
 しかし、店主の言葉からは、普段遣いの言葉とは思うべきでない重みを感じる。
「はい。
 そもそも“天国の涙”とは、観用少女《プランツ・ドール》の涙が結晶化したものですが、ただ涙を流させただけでは採れるものではありません」
「条件があると」
「おっしゃるとおりです」
 こほん、と咳払いをして、店主は続ける。

「まずは少女《プランツ》そのものの質。そして、整った環境。どちらも、並のものではいけません。
 極上の少女《プランツ》を、極上の環境で慈しみ愛し育んだときに少女《プランツ》が流す涙……、
 それこそが“天国の涙”として、宝石にも勝る輝きと美を宿すんです」
「はあ」
 短いながらも熱のこもった説明に、男は当たり障りのない相づちを打つばかりだ。

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