第3章 桜草(白石)
(これはチャンスや)
跡継ぎではない、と店主には言ったものの、男にとって実家でもある宝石店の存続と繁盛は、自分の進退という意味でも大きな命題だった。
それなりに野心も持ち合わせている。成績を上げ、誰にも認められる形で経営を継ぎ、いずれは店をより大きく……、そんな思いもある。
(“この世のものとも思えないほど”美しい宝石……“天国の涙”。入手ルートを確立すれば、これ以上ない功績になるやろ。
ふふふ、腕が鳴るでぇ……!)
何としても店主からなにがしかの情報を引き出すべく目を爛々と光らせる男。
対して、店主は特に表情を変えるわけでもなく、さて、と呟く。
「“天国の涙”と観用少女《プランツ・ドール》の関係ですか。
……まあ、特段隠しているわけでもありませんのでお伝えしますが、お客様の推測通り、関係はございますね」
「ほぉ……!」
思いの外あっさりと、重要な情報が店主から発され、思わず男は声を上げた。
「さよか、あ、いや、そうですか!
そんなら店主さん、どうしたら手に入るかとかもご存じで?……っと」
うっかり営業口調を崩しかけながら、勢い込んで身を乗り出す男の前に、店主の手のひらが突きつけられる。
「失礼、少しばかりテンション上がってしもた」
「いえいえ、お気になさらず。
喜びというのは体で表されるものですからね。それが、思わぬ出会いであればなおさら」
男の内心を見透かしたかのように笑う店主の右手は、無意識なのか、ループタイの留め具を撫でている。
(ええ品や)
長く大事にされてきたのだろう、上品な浮き彫りの施された留め具の中心では、カボションカットのオパールが輝いている。
地色は緑。さほど暗い色でもなく、遊色効果も青とわずかな黄色の2色しか見て取れない、プレシャス・オパールとしてはランクの高くないものだが、よく手入れされて美しい。
(誰かから引き継いだもんなんやろか……いや、今は“天国の涙”や、“天国の涙”)
宝石とみればつい品定めにかかってしまう職業病を理性で抑えこむ。
さて、どうやってこの店主からさらなる情報を引き出そうか。
それなりにもったいつけている以上、何かしら利を示す必要があるかもしれない。