第3章 桜草(白石)
「どうぞ」
「はあ……おおきに」
差し出された茶を遠慮なくずずっと啜りながら、男ははしたなくも店内をじろじろ見回す。
男の勤め先に勝るとも劣らないほど洗練された店内、そのあちこちに男はいちいち目をとめ、ふむふむとなにやらうなずいている。
「本日は、どのような少女《プランツ》をお探しで?」
男の不審な振る舞いを気にとめた様子もなく、笑顔での接客を貫く店主にも目をやり、男はうん、とひとつ大きく首肯した。
――ここなら確かに、探しものが見つかるかもしれへんな。
「なあ店主さん、ものは相談なんやけど。
……“天国の涙”なんてもんに、心当たりあったりせんかなぁ?」
「“天国の涙”――で、ございますか」
「ええ、それです。
ああ申し遅れました、私こういう者です」
男の言葉に是も非も返さずオウム返しの店主に、男は名刺を差し出す。
この街でも老舗の宝石店の屋号が入った上質な紙片を両手で受け取り、店主はおや、と右眉をわずかに上げた。
「跡継ぎでいらっしゃいましたか」
「いや、別にそんなたいそうなもん違いますよ。成績悪けりゃクビになるし、ただの平と変わらへん。
……で、肝心の話なんやけど」
ぱたぱたと大げさに左手を振り店主の言を否定する男。
動きはどこかコミカルだが、店主を見る目は油断なく光っている。
「別に、そちらが“天国の涙”を卸してるとか、取り扱ってるとか、そういうことは考えとらんのですわ。
ただ、ある筋から、どうも“天国の涙”が観用少女《プランツ・ドール》と関係あるんやないかと、そんな噂を小耳に挟んだもんで。
――ウチとしては、この街一の老舗ってプライドがありますし。
扱ってません、ましてや聞いたこともありません、なんてことは、口が裂けても言われへんのです」
せやから、なんかご存じのことあれば教えていただけませんかねえ。
にっこり、と笑う男は、表情とは裏腹に、情報を得るまでは帰らぬといわんばかりの不退転の決意を全身にみなぎらせている。