第2章 映し鏡(佐伯)
悲鳴を上げそうになるのを、必死の思いで飲み込んだ。
夜中に暗い廊下で立ってる少女《プランツ》とかホラーにもほどがある。よく我慢できたな私。
パニクった私は、とっさにエメラルドを部屋に引っ張り込んで扉を閉めた。
……落ち着いて考えたら、別にエメラルドに見られたからって、声を上げるわけでもなければ、お父さんやお母さんに知らせに走る訳でもないんだから、別に大丈夫だった。
とりあえず、もう弟のとこに戻って寝なさいよって言ってみたけど、なんでかエメラルドは動きゃしない。
あれこれ言ってみても座ったまま動かないから、もうほっとくことにした。
シーツやら服やらを固く結びつけた即席のロープで窓から外に出る。
音が出ないように、そうっと地面に降りて、ほっと息をついた。
どこに行こう。
何も考えてないけど、とにかく行けるだけ遠くに行きたいな……
ぼうっと行く方向を考えてた私の耳に、ぎゅっぎゅっと音が届く。
エメラルドが、ロープを伝って追いかけてきてた。
(はぁ――――――っ!?)
もうなんか、呆然とした。
エメラルドの服は、たとえ寝間着でも布のたっぷりしたゴージャスなデザインだ。しかも裸足。
そんな格好で、結構器用にロープを降りてくる姿を見て冷静に動けるほど、私しっかりした人間じゃない。
どうしたらいいのかわかんなくて固まってる間に、エメラルドは私の隣に降りてきて、何か言いたげな顔で私の袖をつまんできた。
(……どうしろってのよ)
あんた、さっきまで弟の部屋でぬくぬく寝てたんじゃん。
なんで、私が行こうとしたとたんこっち来るの?
いらだちとか不満とか、いろいろぐるぐるに混じった気持ちが口からはみ出てきそう。
でも、エメラルドのこと見てると、喉まで来てた言葉はすとーんって胸の奥に落っこちていった。
べちゃっと底に貼り付いた言葉はずっとそこでもぞもぞして、消えてくれやしない。
「~~~~もうっ……!
なんか言いたいことあるなら言いなさいよ……」
小声で怒鳴ってみても、エメラルドはただただこっちを見るばっかり。
振り払って歩き出せば、追っかけてきてまた袖をつかんでくる。
もうどうしようもない。
私にできることは、自分の靴をエメラルドに履かせることくらいだった。