第2章 映し鏡(佐伯)
「おはよう。起こしちゃった?ごめんね」
できるだけ声の震えを抑えて、普段通りの声を出す。
この子に、できるだけ衝撃は与えたくない。……寝ぼけているから、きっと少しくらいの違和感は気付かずにいてくれる。
そんな私のもくろみは、思わぬ方向からたたき壊された。
「あれ……ねえ、お母さん、エメラルドは?」
少女《プランツ》の片割れの不在、という事実によって。
* * *
はっ、はっ、はっ、と、跳ね回る息を落ち着かせようと、私は座り込んで右手で胸を押さえた。
靴下だけの足がめちゃくちゃ痛い。
家を飛び出して闇雲に走った先、なんだか見覚えのある商店街の道ばたは、まだ眠りの中みたいな静けさで、私の息の音ばっかりが響いている。
……世界に私だけみたい。なんて、考えてみる。
もちろん、本気でそんな風に思ってる訳じゃない。
私の左手の向こうには、……エメラルドが、座り込んでいるんだもの。
昨日の夜、喉が渇いてリビングに降りていったとき、お父さんとお母さんの話し声が聞こえた。
「……最近のあの子、いらいらして……」
「前から、困った……」
どきり。
心臓が、外に聞こえそうなくらい、大きく動いた。
いつから?
「前から、困った」?
……お父さんたち、私のことで、困ってたの?
「……も、元気になってきたのに……」
「……時間……そっとして……」
「でも、このままじゃ……」
「無理に……」
「無理に」?
無理に、どうするって言うんだろう。
違う、お父さんが、お母さんが、そんなこと言うわけない。そんな意味で言ってるわけがない。
頭の中で騒いでる理性が、衝動に押し流されていく。
お父さんも、お母さんも、私より弟の方が大事なんだ。
そう思ったら、もう止められなくなっちゃった。
玄関の靴を部屋に持ち込んで着替えて、いつもの鞄に当面の荷物を詰め込んだ。
教科書を全部追い出した鞄は思ったよりずっとものが入って、しかもずっと軽いんだって、そんなどうでもいいことを考えながら。
準備が終わる頃には結構時間が過ぎてた。
物音で家を出るのがばれちゃわないように、そっと部屋のドアを開けて廊下を確認する。
ドアのまん前に、エメラルドが立っていた。