第2章 映し鏡(佐伯)
そんな娘の、初めてと言っていいほどの異変に、正直なところ私たちは戸惑っていた。
予兆があったとはいえ、こんなにも急に何かが起こるなんて考えてもみなくて。
……私も夫も、どこかで、あの子は大丈夫だと思い込んでいたのかもしれない。
「こうしていても仕方ないな。
……起きてるかい?入るからね」
再度ノックをして、返事がないのを確認し、夫は私に目配せをする。さすがに思春期の娘の部屋に男親が一番に入るのははばかられたんだろう。
「入るよー」
私は努めて明るい声で声をかけた後、扉を開け、
もぬけの殻の部屋と、開け放された窓にかかった即席のロープを見た。
「……え?」
息を吐いたのか、声を出したのか。自分でもはっきりしない音が耳に届く。
へたり、と、全身の力が吸い取られた私を、夫が後ろから支えてくれた。
「……いない?」
「アリス、降ろすよ」
私をそっと床に座らせて、夫が見たこともないような早さで部屋の中を改め始めた。
クロゼットの中をはじめとして、物陰や死角を一通り確認した後は、書き置きや手荷物の類の有無を探る。
机や棚の上に飽きたらず、引き出しまで勢いよく開けようとする夫の姿に、どこかをさまよっていた私の意識は強制的に引き戻された。
「ちょ、あ、あなたっ、そこまで見ちゃダメ!」
「あっ」
夫も、相当混乱していたらしい。
今にも引き出しを開けようとしていた手を引っ込め、大きくため息をついた。
「……ごめん」
「……ううん。
……落ち着きましょ。ともかく、家の中も確認を……」
ここまで口に出して、はたと気がついた。
そうだ。息子は無事だろうか。
いくら元気になってきたとはいえ、まだ無理は禁物、とお医者様にも釘を刺されたばかりだ。
壁を支えに立ち上がり、息子の部屋の扉を開ける。
震える足を叱咤してベッドをのぞき込むと、息子は少女《プランツ》と一緒に穏やかな顔で眠っていた。
「よかった……」
何よりもまず、息子までもがいなくなってしまわなかったことに、涙がこぼれそうになるのをこらえた。
そっと額に触れ、首筋に触れ、熱や脈の異常がないかを確かめていると、深く息を吐いた息子の目がぼんやり開く。