第2章 プロローグ
一面の赤が目に焼き付く。
それはまるで生き物のように、天井を、壁を、床を飲み込み、すべてを破壊し、燃やし尽くす。
助けてと叫ぶ声は枯れ、恐怖に怯え溢れる涙は熱で蒸発している。
だが焼け爛れた背中の痛みも、嫌というほどの熱さも今は感じない。
「大丈夫、あなただけは絶対に助けるから」
そう言いながら笑顔を向ける母親。
母を助けてと泣き叫びながら、自分を助けたヒーローを、母を見捨てたヒーローを、死ぬほど憎んだのを今も夢に見る。
◆プロローグ◆
PPPP…PPPP…
「…too noisy(うるさい)」
大音量でのアラームが部屋の主を叩き起こす。時計を見れば午前5時。まだ余裕じゃないかともう一度布団に入るが、重要なことを思い出して飛び起きた。
「今日、入試だ……」
とはいえ試験開始までの時間は十分にある。いつもより早く起きたのはコンディションを高める準備のためだった。
動きやすいジャージに着替えストレッチをしていると扉をノックする音が鳴る。
「Good morning.Time to wake……おっと、彩希起きてるね、よかったよかった」
「起きてるよお父さん、morning.」
ドアを開けたのは彩希の父親だった。
「こっちに帰ってきて1週間は経つけど、まだ英語でちゃうね。彩希も?」
「意識してないとポロっとね、あとつられる」
「たしかに。朝ごはんはどうしようか?」
「戻ってきたら食べるよ」
「わかったよ」
部屋を出て冷水で顔を洗い眠気を完全に覚ます。襟足の長い髪を軽く束ねて玄関のドアノブに手をかける。
外へ出ると息が白く曇った。もうすぐ3月とはいえまだ冬の名残が強い。
「寒いんだからエントランスまで見送らなくていいのに」
「いいんだよ、好きでやってることなんだから」
「風邪引かないでよ?」
「彩希もね~」
呑気にひらひらと手を振る父親にため息を付き、彩希は走り出す。その背中が見えなくなると、父親は寒さで身体を震わせながらマンションへと入っていった。