第1章 努力の垣間【勝生勇利】
リンクの氷上には、矢張り彼の姿があった。いつもは欠かさず掛けている眼鏡も外されていて、一生懸命滑ることに打ち込んでいる姿に否が応でも鼓動が早まる。
彼の名前は勝生勇利(かつきゆうり)。名前は強そうだけど、世界一のガラスのハートの持ち主でメンタルが豆腐並のフィギュアスケート選手。
これを聞いちゃうと頼り無いって思われるだろうけど、本当は誰より負けず嫌いで、スケートが大好きな童顔の成人男性。
私の、大好きな人。
こちらに気付かず彼が滑る姿を只黙々と眺める事30分。
休憩を挟もうと思ったのかキスクラへと顔を向けた彼が私に気付いた。
始めは『誰だろう?』と言った具合に目を細めて見つめていたけれど、相手が私だと気付くとハッとした顔をして猛スピードでこちらへ滑り寄って来た。
勇利「ごめん!集中してて全然来てたのに気付いてなかった…いつからいたの?」
「30分ぐらい前から、かな。でも大丈夫、勇利の滑り見てたら30分なんてあっという間だったから。」
そう言って微笑むと、不安と焦りで赤くなっていた彼の表情が安心した様に息を吐いて柔らかくなった。
勇利「そっか…そう言ってくれると凄く嬉しいよ。ありがとう。」
彼の笑みを見るとそれだけで満足してしまうのは、彼にそれだけの魅力があるからだと思う。
あまり知られたくない、私だけが知ってる魅力。
「私は何もしてないよ。本当の事言っただけ……もう少しで日が沈むけど、どうする?まだ練習するなら付き合うよ。」
首を傾げながら聞いてみると、水筒で喉を潤していた彼が考える様に動きを止めて、ゆっくりと口を開く。
勇利「んー…まだ滑りたいけど、まで付き合わせるわけにいかないから今日はもう帰るよ。」
そう言って私から眼鏡を受け取り掛ける。練習直後でも優しい彼にどうしても甘えてしまうのは仕方ないと思うのは、どこまでも彼に溺れている証拠だろうか…