第3章 マッドψエンティストの暴走
そうこう考えている内に、斉木さんは私の方へ近寄ってきた。これは、本気と書いてマジの顔だ。
危険なニオイを察知して一歩ずつ後退するが、どんどん距離を詰められていく。
ドン、と背中に軽い衝撃を受け、壁にぶつかったのだと気付いた。
「あっこれってもしかして“壁ドン”ってやつ?まさか僕がやる日が来るなんてね〜ハハッ」
「も、もう〜冗談キツイですよ斉木さん」
「冗談じゃないし。本気だし。本気だからいいよね?」
良くない良くないちっとも良くない。
恋するお年頃の女の子なら誰しも憧れる壁ドンを、人生で初めて経験した。
が、目の前の鼠をいたぶる猫のような目をした人間に壁ドンされても、トキメキ0パーセントだ。『怖いしヤバい』という感想しか出てこない。
なんとかこの状態を回避しなくては。
こういう時、下手に焦ったりビクビクしたりすると相手を助長させるらしい。ここは冷静に、冷静に。
「斉木さん、私の超能力を調べるんでしょう?早く研究に戻りましょう」
「君が泣き顔なんて見せるからこうなったんでしょ?」
「それはですね、きっと私が唯一斉木さんが感情を乱される相手の楠雄くんと同じ超能力を持っているから、錯覚を起こしたんですよ。よーく見て下さい、私の事も猿に見える筈です」
「ふーん、良く見たら結構胸あるんだね」
「どこを見てるんですか!!」
その言葉に焦って、自分の身体を抱いた。
……ハッ!もう焦ってしまった。
怒りと焦りで頬に熱が集まるのを感じながら、頭一つ分高い斉木さんの顔を睨み上げる。
しかし、それはもう愉悦に染まった顔で、ニヤーッと三日月のように笑う目をされて、思わず肩をビクッと震わせた。
もう、焦ったりビクビクしたりして助長させまくってしまった気がする……。
「あー、ほんと君見てるとゾクゾクしてくるよ」
「私も斉木さんを見てると恐くてゾクゾクします……」
「僕たち気が合うみたいだね。じゃあ結婚しようか」
涼しい顔でサラッと言い放つ斉木さんに、私は目を見張った。
さっきから何言ってるんだこの人。
そして斉木さんと私の言った事は何一つ合ってない。会って一日も経たずに結婚とか、どこのディズ○ー映画?
憧れていたクールで理知的な大天才・斉木空助のイメージはガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
この人、ただのマッドSエンティストだ。
