第5章 キスから始まるψ難
斉木さんは私の言葉に少し目を見開かせた後、スッと目を細めた。
その表情は今までに見た事がない冷たい物で、思わず身動いだ。
「何?他に好きな人が出来ましたーって、僕から逃げようとしてるの?」
「え……?」
「ははっ、逃げられるとでも思ってんの?」
「いえ、あ、あの……」
口は笑っているけれど、目は依然冷たいままだ。
初めて見る斉木さんの怒りの表情に、私は言葉を詰まらせてしまった。
好きな人って、何の事だろうか?
もしかして先程の教授の話の中に、そういう話題が出ていたのか。
キスをして欲しくないのは、自分がボンヤリしてしまって研究のサポートが疎かになってしまうから。
好きな人が出来た訳でも、斉木さんが嫌いになったから逃げたいという訳でもない。
むしろ嫌われたくないのだ。
私の研究をしてくれる貴重な存在だ。
自転車で激突され誘拐されても、突飛なマッドSエンティスト発言をされても、気まぐれに婚約されても、戯れにキスをされても、嫌われる訳にはいかない。
ん?結構酷い事されてないか私。
まぁ……とにかく。
早く、弁解しなくては。
「バッカじゃないの?絶対、逃がさないから」
「……ッ、」
たとえ、絶対零度(ブリザード)のような怒りを称えた瞳を、こちらに向けていたとしても。
私と斉木さんの周囲にのみ、吹雪でも吹いているのだろうか?悪寒が止まらない。
今、一つ学んだ。
美形が怒ると、めちゃくちゃ怖い。
斉木さんのような笑顔の仮面を常時被ってるような人は特に。
弁解しようと開いた口は、あまりの恐怖に閉口した。
それにしても、何故こんなにも怒りを露わにしているのだろう。
……せっかく目を付けていた超能力者を、他人に掠め取られるのは屈辱なのだろうか。
成る程。確かに斉木さんの立場になって考えると、分かる気がする。
「さ、斉木さんが何を誤解されているのかはよく分かりませんが、好きな人が出来た訳ではありません」
「……、」
「逃げようとも思ってません。今の私が斉木さんから離れるメリットはありません。研究の補助をしながら、超能力をコントロール出来るようにしていきたいので」
「……ふーん……」
無表情に無反応。気の無い返事。
という事は、斉木さんが求めている答えは私の『キスして欲しくない』と言う理由だろうか。
ああ、言うの恥ずかしい……。
