第2章 the last rain(鉢屋三郎)
「…なぁ、先輩は、どうしているんだ?」
この話は今まで俺から切り出したことはない。
聞いてはいけないような、だけど心の奥底に引っ掛かって俺を掻き乱す言葉だった。
俺は多分、焦っていたんだ。
もうすぐ彼女と会えなくなる、関係が終わる。
こんな中途半端に?
だったらはっきりさせたくて、気づけば口を滑らせていたんだ。
「…さぁ?連絡、ないから…」
椿は平静を装う。そんな嘘は俺には通じない。
でもその態度は誰かの前でだけだ。
以前彼女が一人で泣いているのを目にしたことがあった。先輩のために、泣いていた。
俺は怒りにも似た感情が、己を支配する気がしていた。
連絡がない。
どうして連絡してやらないんだ。
もう一年が経つのにたった一言、無事だ元気にしている、それだけがなぜ言えないんだ。
椿はずっと、先輩の言葉を待っているのに。
「三郎君は、卒業したらどうするの?」
先輩の話は終わりとばかりに、椿が別の話を振る。
「あ、ああ。しばらくは雷蔵とやっていくさ。あいつと組むのが一番性に合ってるし。」
「そっか…みんなもうすぐ旅立つんだね。」
椿は今どんな顔をしてる?
俺の旅立ちを祝う喜びの顔か?
俺がいなくなるからと寂しい顔か?
彼女の隣に立てなくなる俺を肯定されるのが怖くて、彼女から視線を外す。
「たまにはさ、学園に顔だしてよね。」
「…そうだな。」
違う。
あんたが待っているのは俺じゃない。
俺じゃ、ないのに。
忍術学園まで戻ると、椿に続いて小松田さんの差し出す入門表にサインをする。
空が泣き出した。
「あ、ほら降ってきたよ。」
どうして平気な顔をしていられるんだ。
どうしてそんなに先輩を信じていられるんだ。
「三郎君?」
どうして俺じゃダメなんだ。
俺の気持ちを、知っているくせに。
「椿」
「何?」
雨が彼女の髪を濡らす。
「俺にしろよ。」
「え?」
モヤモヤを吐き出すように、口を割って出てきた言葉。
正直自分でも驚いた。だけどもう、止められなかった。
「一年も連絡がない先輩なんかやめて、俺にしろよ。」
「…やだ、からかってるの?それより濡れるから早く入ろう?ね?」